20181005_Fri

専門ゼミで文献講読。

10月は秋行事等で授業日が変則的になっており,専門ゼミナールもやっと始まるところ。今年は『ライフロング・キンダーガーテン』が課題本となる。分担決めをしてさわりを少し。昨年はうまく絡められなかったが,ちょうどMIT「ラーニング クリエイティブラーニング」が今年も開講するので,文献とともに見ていきたいと紹介をした。

研究室内が机や椅子に資料が積み上がってゴチャゴチャしていたので,スペース確保の最適化を多少していた。書棚を眺めていたら『松丸本舗主義』(青幻舎)が目に入ったので久し振りに開いてみる。

2009年10月から2012年9月末まで,丸の内オアゾ(東京駅の横)にある丸善・丸の内本店の4階に「松丸本舗」という異色の書店があった。書物と書物がある編集のもとに隣り合わせ,店内を回遊する私たちがさらなる繋がりを紡ぎ出していける書棚空間。東京に出張する度に足を運んでは,その空間に浸っていた。

うちの研究室もそんな書棚空間に近づけられたらなと思う。

『情報時代の学校をデザインする』

新しい本が出ました。

情報時代の学校をデザインする 学習者中心の教育に変える6つのアイデア』(北大路書房2018)

Itstimetobreakthemold

今回は,稲垣忠,中嶌康二,野田啓子,細井洋実というメンバーに加えていただき,第5章を中心に担当しました。稲垣先生との翻訳仕事は3回目。といっても日の目を見たのは『デジタル社会の学びのかたち 教育とテクノロジの再考』という一冊ですが,北大路書房さんのご尽力をいただき今回の翻訳本を出版することができました。

「学習者中心の学び」を実現する学校のことを書いた本です。

このように書くと皆さんは「児童中心主義」という言葉を思い出し,それがうまくいった話は聞いてないと,かつての勉学成果を発揮されるかも知れません。

確かに児童中心主義は,かつて進歩主義的教育の主要な潮流であり,統制よりも自由を追い求めてみたものの,結果的に個人的な発達に任せただけでは現実に対応しきれず,運動として衰退しました。

そういう歴史を学んだことのある先生方は,「学習者中心」という言葉にも同じ匂いを感じ,自らの職業的アイデンティティを誇示する思いも伴って,児童生徒任せの学びと距離を取らざるを得ないのだろうと思います。少なくとも,教科書の単元を一通り消化しなければならない教育の営みを,不確定な要素で乱されることには抵抗が強いはずです。

でも,そうも言ってられませんね,というのがこの本になります。

この本が掲げる「学習者中心」は,児童生徒の欲求赴くままにという意ではありません。

「情報時代」と呼ぶ世界で,教育というものは,そもそも初めから学習者が「中心にある」形や仕組みで成り立っているのだという意味です。

私たちは「工業時代」と呼ぶ世界を生きてきた人がほとんどですから,工業時代の教育の形や仕組み(たとえば工場モデル)から出発して物事を考えるしかできないので,学習者中心というと,児童生徒を主人公っぽくして何かを学ばせるという発想でイメージしがちです。つまり「工業時代」の目線から「情報時代」の話を読もうとしています。

しかし,この本の話は徹底的に「情報時代」の教育を語っているのです。

「情報時代」の教育を純粋に思い描きたければ,「工業時代」の教育目線はなるべく排す必要があります。こんなことできないよぉ,と思ったとしたら頭が「工業時代」だからかも知れないからです。

そうはいっても現実的には「工業時代」の教育を営んでいる学校がほとんどですから,そこから「情報時代」の教育へ変えるためにはどうしたらよいだろうか,ということが大きく6つほど提案されているというわけです。

本の中では「パラダイム転換」という言葉が使われていますが,それはもう「価値観の転倒」さえ覚悟してもらわなければならないのだということを意味しています。

「情報時代」の教育の実行には,必然的にテクノロジの力を借りなければなりません。

いやいや,そもそも情報時代とはテクノロジの時代なのだから,教育にテクノロジが利活用されるのは当たり前なのだというくらいの振り切り方が必要です。

だからといって,四六時中コンピュータやテクノロジを前にして教育が行なわれるなんて未来イメージを描くとすれば,それは漫画か映画の見過ぎです。

テクノロジはすでに生活や社会の中に溶け込んでいるわけですし,学びや探求心が加速する場では,自然や外界との接触意欲や機会も豊かなものになっていくと考えるのが妥当でしょう。

そうした活動を支援したり,活発化させるのがテクノロジの貢献する部分でもあるはずなのです。

というわけで,肝心の核心部分は何も解説していませんが,6つのアイデアとは次の通り。

コア・アイデア1:到達ベースのシステム
コア・アイデア2:学習者中心の指導
コア・アイデア3:広がりのあるカリキュラム
コア・アイデア4:新たな役割
コア・アイデア5:調和ある人格を育む学校文化
コア・アイデア6:組織構造とインセンティブ

さて,これらがさらにどんな要素で構成されているのかは,本をお読みいただければと思います。

翻訳者メッセージでは担当者として「第5章こそ読んでくれ」みたいな負け惜しみを書きましたが,本書の大事な部分は第1章から第4章です。たぶん,日本の(根深いほど工業時代的な)学校制度の中では,かなり読むのが大変だと思います。

とはいえ,平成29年と平成30年に出た学習指導要領は,「カリキュラム・マネジメント」という言葉のもとで,混みあってきた学習内容をどのように教育するか計画することを学校に任せてきました。「学びの地図」に記された箇所すべてを時間内に回りきることは,これから年次が進行するほど無理が増します。

無理がたたって学校関係者の皆さんの疲弊や崩壊が行き着くところまで行く前に,この本をきっかけに自分たちで「パラダイム転換」してみてはいかがでしょうか。