消せるボールペン

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 今月のゼミでの研究発表が終わり,ちょっとだけ一息つく。教育実践の記録様式に対して一つの提案をして,それを実際に実験してみようという研究。その提案部分がぼちぼちプレ実験してみようか(してみないと分からんなぁ)くらいになったので,次は実験協力者探しのフェイズに入る。慌ただしい夏になりそうだ。

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 お手伝いしている小学校のパソコン準備室に,パソコン教室での授業を終えた子どもたち何人かが,寄り道で遊びに来た。「何やっているのか?」という素朴な問いから始まり,パソコン覗いたり,カバンや筆記用具を漁ったり,チェックを受ける。子どもたちなりに何者なのか気になっていたようである。

 最近,愛用している筆記具を見て「これ僕も使ってるよ」「わたしも使ってる」と声を聞かされた。さすが文具に気を使う小学生,商品チェックもかかさないらしい。周りであんまり話題になっていないから人気ないのかなと思っていたが,意外に小学生の愛用者が多いことにびっくりした。

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 私が愛用しているのは,消えるボールペン「フリクションボール」である。

 資料なんかに書き込みをする機会が多いのだが,普通のボールペーンだと修正が難しい。修正が頻繁になったときに,取り消し線や塗り潰しが大きく場所をとってしまい,新たな修正書き込みが難しくなることが難点だったわけである。
 とはいえ,消しゴムで消せる鉛筆やシャープペンで記入すると,視認性という面でボールペンに劣ってしまう。そのトレードオフは悩ましい。修正ペンや修正テープを活用する人もいると思うが,それはそれで資料の書き込みという場面で使うのには面倒なことが多い。

 というわけで,単純に考えれば「消せるボールペーン」という商品にはニーズがあるし,欲しかったというわけだ。

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 消せるボールペーンなんて本当にあるのか? インク研究開発者のチャレンジのおかげで,いままでのボールペンのインクとは異なる,新たなインクの開発によって消せるボールペンは実現した。

 たとえば,三菱鉛筆社の「uniball Signo イレイサブル」は,典型的な消せるボールペンである。そもそも「uniball Signo」シリーズは水性顔料ゲルインクを採用した書き味の良いボールペーンシリーズで,消せないバージョンは100円ショップでも定番となっているくらいポピュラーな商品であり,私も消せないボールペーンとして愛用している。その消せるバージョンとして登場したのが「イレイサブル」という商品である。

 この商品がなぜ消せるのかは,商品ホームページにも解説がある。要するに,紙の上での定着具合をインクの特性でコントロールして,鉛筆と同じように消しゴムで擦れば紙から剥がれるようにしたわけだ。これは発想としては単純素朴で,それを実現するための新しいインクを開発する苦労が実った結果,実現した商品である。

 ただ,インクの定着具合はインクの工夫だけで完全にコントロールできるわけではない。書き込む紙の特性にも大きく影響されるし,実は書き味にも少なからず影響を与えてしまっている。肝心の「消せる」という機能も,いつでもきれいに消せるというわけではない難しいもあったわけである。

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 「消せるボールペン」は,「かろうじて消せる」という程度のもの。そんな認識が定着しつつあるところに,次なる刺客として登場したのがパイロット社の「フリクションボール」である。この消せるボールペンは,これまでの消せるボールペンとは異なる発想で消すことに挑戦した意欲作である。

 これまで,ボールペンの字を消すためには,鉛筆と同じで,インクを紙から取り去ればよいと考えられてきた。インクが無くなれば字も無くなり,新たに紙に書くことができる。
 しかし,この方法の問題は,キレイに取り去るのが難しいということだった。鉛筆の文字を消しゴムで消していたら,紙が汚れたり,シワシワになってしまったという苦い経験をした人もいると思う。ボールペンでもその問題は根本的に同じだった。

 そこで,他に文字を消す方法は無いかと考えたとき,私たちが使うもう一つのアイテムが「修正液」である。あの白い液体を上から塗りたくって,新たな書き込みスペースをつくってしまうという発想である。
 要するに,文字を消すというのは見えなくなれば良いのであって,インクを剥がす手間をかける必要は無い。インクはそのまま放っておいて,新たに書けるようにスペースをつくりましょうというのが修正液の発想である。

 この発想を修正液なしで実現できないだろうか。パイロット社の開発者たちは,そう考えたに違いない。そして古い書類のインク文字が薄く消えかかっていることなど,いろいろな物事から発想を得て,何かの方法でインクが透明になってしまえば,文字を消したと同じことになる!という考えに至ったのだろう。

 消しゴムで消すときに起こるのは,ゴムと紙が擦れて温度が上がるということ。だったらある温度になったらインクが透明になってしまうインクを開発すればいい。そうやってでき上がったのが「フリクションボール」という消せるボールペンである。

 実際,このボールペンの消え方は,別の方法と比べてとてもキレイである。そして消えたところに新たな別の書き込みができる。その上この方法なら,蛍光ペンにも適用が容易である。資料の書き込みには蛍光ペンタイプも重宝する。

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 というわけで,消せるボールペンには二つの方式があり,それぞれに特徴がある。

 いずれの方式でも,消せるボールペンは「消せる」という特性があるため重要な書類の記入に使用することは避けなければならない。この点は気をつけないといけない。
 それを注意すれば,筆記具として,とても使い勝手の良いものなので,愛用しているというわけである。それが小学生にも受け入れられているというのは,なるほどなぁとも思う。

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 最近は,使い勝手の良さから「フリクションボール」をノートを書くときにも使用してしまっている。実は,これについては,私自身ちょっと反省をしていて,なるべく早いうちに「uniball Signo イレイサブル」に切り替えるか,普通の顔料インクボールペンに戻したいと考えている。

 インクの開発努力によって,使い勝手の良い筆記具が登場したのはありがたいが,こうした消せるインクの耐久性は,まだ十分検証されていない。特に特定温度によってインクそのものが透明になってしまうフリクションボールの場合,意図せざる環境変化によってインクが透明になる可能性がある。これは「記録を残す」という観点から考えると,危険な可能性である。

 30年後,いまの子どもたちが小学生時代のノートを見返す機会があったとき,フリクションボールで書かれた部分だけがそっくりそのまま消え去っていたという笑えない事態が起こらないとは限らない。

 資料に書き込む程度のことであれば,インクが消えても資料本体が残るという意味で,まだ許容できる部分もある。けれども,ノートなどの記録が丸ごとインクの透明化で見えなくなってしまったら,これはこれで大変な話である。

 そう考えて,そろそろ普通のボーペーンに戻ろうか,それともせめて違う方式の消せるボールペンに戻ろうかと考えている次第である。
 自分のノートが残るのは恥ずかしいとは思うし,死んだあと他人に見られるなんて,それはそれで逃げ出したくなる話だ。けれども,そう生きちゃったものは仕方ないし,未来の歴史研究者や考古学者たちが過去を知る術を得なければならないことを考えたとき,記録を残すということ(記録の内容という意味じゃない)に最大限の配慮をすることは私たち一人一人の義務のようにも思えるのである。

 それは,未熟ながらも現在の私の研究にも通底する思いなのである。

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