情報: 2008年12月アーカイブ

林向達『わたしの情報活用』(カラーPDF版:約122MB)
http://homepage.mac.com/rin/.Public/rin_watashino2003.pdf

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 必要があって過去の記録を見返していたついでに自分の書いた本のことを思い出す。2000年,まだ短大教員として働いていた時に,東京の出版社の人が訪ねに来てくれた。「教科書つくりませんか」って。

 パソコンの演習を担当していたので,その受講生が利用するためのテキストをつくるというわけである。その短大や大学の全体で同様な授業を受ける学生の数はそれなりになるから,小規模とはいえテキスト販売が出版社にとって商売になるというわけである。出来が良ければ一般販売でも売れるだろう。

 ただ,教科書をつくることと,教科書を採用することとは,まったく違う力学が働いていて,当時の僕には,そのどちらに対しても十分な準備がなかった。だから,出版社の方とお会いしてから2年ぐらいは,何も進展しなかった。それでも,出版社の方は中部地区への出張シーズンがくると,毎回訪問してくれた。

 そのことが何より申し訳なかったので,僕はいい加減,授業のためにつくったハンドアウトをまとめる形で教科書執筆に取りかかることにした。だから教科書というよりは,見開きをコピーすればすぐ配布できるようなプリント集みたいにしようと方針を決めた。
 そして,出版社の方の手を煩わせないように,全部自分で編集して,完全原稿(PDF)を渡すことにした。

 結局,時間が無くて尻つぼみ気味の内容になってしまったけれど,出版社の人に原稿を渡して,2003年3月に『わたしの情報活用』という教科書が出来た。価格を抑えるために装丁は極めてシンプルだった。担当していただいた出版社の女性にお任せをして,表紙はクリーム色の地にピンク色の文字という意外と可愛らしいものになった。


 初めて教科書を使った授業は,気恥ずかしかった。しばらくして,出版社の女性が訪ねに来てくれて,会社でも結構評判がいいですとお世辞を言ってくれたことは嬉しかった。全部自分で編集したことに「ここまでやるか」という声もあったと聞いて苦笑いをした。

 それからしばらくして彼女は,その出版社を都合で辞めることになって,その後会うこともなかった。刊行後,僕の担当する授業数が少なくなって,当初の販売予定数を消化できなくなった。もしや,その引責で彼女は辞めることになったんではないかと,本当かどうか分からないまま勝手に心の片隅で気にし続けていたりする。


 あるとき学生が,授業のコメント用紙に「家でお母さんが先生のテキストを見つけて,これ分かりやすいと言ってパソコンの勉強してましたよ」と書いてくれた。それから短大を辞めるまで,自分が使うテキストの最後のページに,僕はずっとそのコメント用紙を挟んで持ち歩いていた。


 たくさんは売れなかったし,担当の人は出版社を辞めちゃったし,僕も短大を辞めちゃったけれど,その教科書を「分かりやすい」って言ってくれた人が一人でもいたことは確かで,そのことに僕は感謝したい。

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 その教科書をつくるにあたって,事前に「いずれインターネット上に公開したいのですが…」と聞いた時,「大丈夫です」とお返事いただいた口約束が,いまでも有効であることを信じて,ここにPDF版を公開します。しかもカラーで(教科書はモノクロ印刷だった)。

 もう時間も経過して,基本ソフトもアプリケーションソフトも大変化していますから,役には立たないかも知れませんが,こんな教科書もありましたということで…。興味のある方は,検索して,出版社に注文してください。

電子辞書のカタチ

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 皆さんは辞典や辞書をお持ちだろうか。

 家にある国語辞書を探してみると,古くなったものが一冊二冊出てくるか,あるいは人によっては「一冊もないです」なんてあるかも知れない。ただ,紙の辞書はないけど「電子辞書」ならありますという人は多いかも知れない。

 私はさすがに教育業界にいるので,パッと見えるところに「新明解・国語事典(小型版)」がある。気になる言葉があれば,なるべくこの辞書を引くようにしているが,最近はご無沙汰である。そのほか,紙の辞書としては,「ジーニアス和英辞典」「ロングマン英英辞典」があるくらい。あとは「カスタム英和・和英辞典」という携帯サイズの紙辞書とこれも携帯サイズの「英会話ビジネスひとこと事典」がある程度だが,やはり,今はほとんど使っていない。
 ちなみに実家に戻ると「広辞苑」はもちろん「岩波国語辞典」「リーダーズ英和辞典」「ランダムハウス英和大辞典」といった紙の辞典・辞書が残してある。

 紙の辞書を使わなくなったというならば,もう調べていないのかというとそうではない。いまや「電子辞書」で調べることが多くなっている。


 いまだと電子辞書といえば,コンパクトな端末にキーボードと小型ディスプレイが付いたもので,国語辞典から英和和英はもちろん,様々な言語やジャンルの事典データが同時収録されているものを思い浮かべる。
 紙の辞書だと数十冊になるものがすべて一つの小型端末の中に入っているというわけである。便利というか,なんというか,とにかく紙の辞書を使っていた世代にとっては,驚くべき進歩あるいは変化である。

 昨今の電子辞書端末は,ペン入力が出来るようになっているので,漢字を直接書いて調べることも出来るようになっている。今まで漢字の読みを調べるために部首やら画数やらで入力する手間があったものの,これなら漢和辞典機能も実用的だ。

 センター試験でリスニングテストが導入されることが決まった時には,電子辞書が一斉に音声機能を売り文句にしたのはご記憶の方も多いだろう。今時の電子辞書は,単語の読み方も音声で聞けるし,ものによっては写真や動画も見られる。電子辞書端末はどんどん高性能化している。


 しかし普段パソコンを使っている場合,皆さんもそうだと思うが,もはや端末タイプの電子辞書も使わなくなっているのではないだろうか。実は,電子辞書のもう一つのカタチは,パソコンの辞書ソフトである。

 Macというパソコンを買うと最初から「大辞泉」「類語例解辞典」「プログレッシブ英和・和英辞典」「オックスフォード英語辞典」が付属していて,辞書ソフトを使って語を調べたり,あちこちのソフトで右クリックをすることで自由に意味を表示できる。海外のWebサイトで英語を読む時にも,分からない単語があれば右クリックして,その場で意味を表示できるので便利である。

 また,日本語入力ソフトにATOKを使っているパソコンユーザーの皆さんの中には,ATOKと連動する電子辞典を使っている人もいるだろう。たとえば私は広辞苑と連動させているので,同音異義語があれば,変換中に意味が表示されて,語の使い分けを確認することが出来る。

 少し前までは,CD-ROMで電子辞書や百科事典が販売されていた時期もあったが,大容量ハードディスクを安く買える時代がやってきて,辞書はハードディスクにインストールするのが当たり前になった。いまパソコンソフトコーナーには,いろんな電子辞書が売られているのが分かる。この分野ではロゴヴィスタという翻訳ソフトも手がける会社が大手で,いろんな出版社の辞典を電子化して販売している。

 ちなみにボランティアベースで辞書データをつくるという試みもあって,その試みで有名なのが「英辞郎」という英語日本語辞書データである。これは翻訳実務家の人たちがボランティアベースで構築した辞書で,翻訳の仕事で培ったノウハウでつくられている点がとても素晴らしい。それ故,この辞書データは書店で販売されるまでになっていることはよく知られている。


 さて,ネットに繋げるのが当たり前になった時代には,電子辞書もハードディスクからネットへと置き場を移して,分からないものはネット検索するというカタチにもなっている。

 いろんな辞典・辞書が,有料無料などいろんな方法で提供されるようになっている。ネットから生まれたWikipediaはもちろんのこと,Yahoo!などのポータルサイトでは百科事典などの辞書コンテンツを無料で提供している。有料サービスとしては「Japan Knowledge」にもよく知られた辞典・辞書が用意されている。

 パソコンか携帯電話を使うことで,電子データというカタチだが,居ながらにして様々な辞典・辞書を参照できる時代になったのは,本当に有り難いことである。


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 しかしである。辞典や辞書を楽しむという場合,紙の辞典・辞書の味わい深さを,そう簡単に捨て去るわけにはいかない。学校教育で,紙の辞典・辞書を捨てないのは,単に時代に追いついていないというわけではなくて,やはり紙の辞典・辞書に良さがあるからである。

 電子辞書は,いかにも便利に思える。確かにキーボードから英単語を入力して調べるのであれば,紙の頁をめくるよりも遥かに検索が早い。さらに,関連語をボタン一つで拾い出すことも出来る。読み方も聞けたりもする。

 けれども,紙の辞書のように頁に折り目をつけて置くことは出来ないし,メモを書き込むことも難しい。二つ以上の単語の意味を比べたい時に,紙の辞書なら各頁に指を挟んで頁を保持し,さっさっさっと頁を開き直して同時に眺めることが可能だが,電子辞書にはそんな芸当は出来ない。しおり機能はそんなに素早く動作しない。

 さらに,英語ならともかく,日本語も何もかも,全部横書き表示である。パソコンも横書きなのだから,特に違和感がないのかも知れないが,紙の国語辞典・辞書は,どれも普通は縦書きである。そういう細かい部分にも紙の辞書の良さがある。

 電子辞書はもっと進化をしなければならない。

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 実は,電子辞書の世界では,ちょっと賑やかな出来事が起こっている。Yahoo!百科事典のサービス開始も,確かに電子辞書界に一石を投じたが,ネットのカタチではなく,ソフトのカタチの方にも新しい動きがある。

 iPhoneやiPod Touchにいろんなアプリケーションが提供されているのはCMやいろんな情報源でご存じかも知れないが,そのアプリの中に,「辞書アプリ」のジャンルがあって,これがいま熱い(ホットな)のである。

 これまでも「ウィズダム英和・和英辞典」アプリを始めとして,「ロングマン英英辞典」「ジーニアス英和和英辞典」「範例六法」「大辞泉」「広辞苑」「プチ・ロワイヤル仏和和仏辞典」などの有名辞書がiPhone辞書アプリとして登場している。あのタッチスクリーン操作で検索項目のリストを滑らせて選んで読むことが出来るわけだ。「広辞苑」なんかは音声や映像データも完全収録している充実ぶり。

 とはいえ,いままでリリースされたiPhone辞書アプリは,わりと素直というか,まあiPhoneで辞書を作ったら普通こうなるだろうなという範囲にとどまっていた。

 ところが今回,新しく登場した辞書アプリは,今までのものとは一線を画する。


 今回登場したのは,打倒「広辞苑」を目指してつくられた国語辞典界のもう一方の雄,「大辞林」の辞書アプリである。それをつくったのは物書堂というソフト会社さん。辞書アプリを中心に開発をしている会社だ。けれども今回の「大辞林」は物書堂さんがつくってきた辞書アプリとはまったく異なる新しいカタチでつくられた。

 明朝体フォントによる美しい縦書き表示なのである。検索項目もすべて縦書き表示。リストは横方向に滑らせる事が出来る。しかも,ジャンル毎に単語がマトリクスに並んだインデックス画面も用意されていて,広大なマトリクスの表を自由自在に滑らせていきながら,好きな単語を選んで字義を読むことが出来る。

 その上,この辞書アプリがすごいのは,字義の中の任意の場所を指でなぞって選択してあげると,その選択した言葉の字義にジャンプしてくれるという操作が実現されている。これは感動ものである。


 25万語もの言葉の一覧表を自由にスクロールして(滑らせて)言葉と戯れるなんて経験は,初めてである。いままでの電子辞書が実現し得なかったカタチをiPhoneやiPod Touchの辞書アプリが提案している。

 こういう新しいカタチの辞書は,きっとまだまだ出てくるだろう。これこそ紙の辞書にはできない,電子辞書なりの楽しさと言えないだろうか。

 学習にパソコンやIT機器が役立つかどうかという議論は,案外,こういう素敵なアプリケーションの登場と普及推進で,乗り越えられるかも知れない。もちろん,持続的活用を促す学習のデザインも合わせての話だけれど。