20181216_Sun

所属している児童学科で運動会。

学年を超えて学生たちが集まって対抗戦を行った。私たち教員も招待を受け,施設管理上の付添が必要ということもあったので分担しながら参加した。

基本的には観覧するだけだったが,学年対抗の際に1年生の人数が足りないということもあり,リレー競走で走ることになった。登板する覚悟はしていたが,日頃の運動不足と身体的加齢は不安材料であり,内心は冷や汗状態。

急激な運動が発生することを身体に覚悟させるために,短時間でほぐせるだけほぐして,いざ競技へ。アンカーから3番目の走者として,バトンを受け取り全力疾走した。前方の学生に追いつこうと必至に走ったが,そりゃ若さにゃ勝てんということで,順位を維持するので精一杯。

さっそく身体のあちこちが痛くなった日曜。

20181214_Fri

専門ゼミナールでは文献講読。

ライフロング・キンダーガーテン』の第4章「仲間」を読んだ。全体の中でも重要な部分で,空間デザインや学習コミュニティといったキーワードが出てくる。

グラフィカルなプログラミング環境として知られるScratchの誕生秘話というか,何を目指して開発されていたのかが読めるという意味でも本章は興味深い。

168頁で「多くの人はスクラッチをプログラミング言語だと考えています。もちろん,間違いではありません。しかし,スクラッチに取り組んでいる私たちは,それ以上のものだと見なしています。」と書いており,「若者がお互いに,創造し,共有し,学び合う,新しいタイプのオンライン学習コミュニティを創造することでした。」と書いていることはもっと広く知られるべき箇所だろう。他にもスクラッチの名前の由来なども書かれている。

学習コミュニティのオープン性について,たとえば他の人の作品をもとに何かを作るリミックスという仕組みに関して,従前の学校だとそれは不正行為と見なされていることではあるが,スクラッチのコミュニティではむしろリミックスされることは誇らしいことだと思える文化を醸成しようとしていることなども述べられている。

発表担当学生が一番気に入ったというのが「気遣いの文化」という節であった。

学生が印象に残ったとした部分は…あるスクラッチユーザー(スクラッチャー)の子が「スクラッチコミュニティの良いメンバーであるとはどういうことか」という質問に対して返した答えが「最も大切なことは,コメントで『意地悪に振る舞わないこと』」だった点(184頁)。

さらに,スクラッチのモデレーターがコメントやプロジェクトを削除しなければならないときに説明する内容として「スクラッチャーは,他のスクラッチャーが自分は歓迎されていないんだと感じさせない限り,自分の宗教的信念,意見,そして哲学を,自由に表現することができます」という部分(190頁)。この「歓迎されていないんだと感じさせない」という箇所が特に関心を引いたようだ。

またこの章では「教え方」について,良いメンターが「触媒」「コンサルタント」「媒介者」「コラボレーター」といった役割の間を行ったり来たりしていることが書かれていたり,仲間がいるだけでも十分ではなく,「専門家」を必要とする場合もあることなども指摘されている。

ここで論じられている学習コミュニティにおける気遣い文化を考えるとき,日本文化の角度から見るとまた違う課題もありそうな気もするが,その点についてはまた機会をみつけて考えてみたい。

残業はWindowsに泣かされる。

たまに使おうとするせいだとわかってはいるが,いざというときにまともに動いてくれないのが困る。

20181213_Thu

保育原理は保育士について。

あらためて保育士とはどのような存在か。国家資格化した経緯などから始めて,求められる倫理観や専門性について確認した。

保育士という国家資格は,たとえば「国家試験を受けない国家資格」とか「独立法令がない国家資格」とか,他に比べて残された課題の多い状態にあり,その社会的地位を向上するためにしなければならないことは山ほどありそうだが,実現には時間がかかりそうである。

授業回数も残りがわずかになってしまい,教科書の残りの部分をどうやって消化しようかと悩みが始まる時期。

卒業研究は,お尻叩きモードの時期。

ゼミ生には研究室を開放しているので,授業以外の時間帯は4年生達と過ごす。黙々と作業をするときもあれば,雑談したり,話し込んだり。こういう機会でもないと学生たちとゆっくり話すこともないので,これはこれで良いことだと思うし,研究室環境を改善した甲斐もあるというもの。

とはいえ,やはり毎度の反省。もっと早くから取り組んでくれていたら…と思うことも多い。本人たちも取り組みが佳境に入ったこともあって「もう少し早くから取り組んでいたら…」と思うところは同じ様子。次の学年は早め早めを促そう。

20181212_Wed

下手なくせに翻訳作業がしたくなることがある。

いわゆる「ハードファン」をちょっと味わいたい衝動に駆られるから。翻訳作業は,機械的に訳すだけで終わらない奥深さがあり,その部分を考えあぐねる苦労や辛さを乗り越え,膝を叩けるくらいの快訳がひねり出せれば,その達成感で楽しさを味わえる。

Micro:bit教育財団Webサイトで翻訳のお手伝いができそうだと風の噂に聞いたので,久し振りに翻訳ボランティアをしてみた。Crowdinという翻訳ツールサイトでmicro:bitサイト翻訳プロジェクトが進行しているので,Japaneseに参加申請して承認された。

参照されやすい部分は,先に作業してくださっている翻訳ボランティアの方々がすでに翻訳作業を終えてくださっているので,私はとあるスライド部分を中心に翻訳。あとは残された未翻訳部分を隙間時間を見つけながら翻訳していこうかと思う。

とはいえ,micro:bitサイトは外部サイトへのリンクも豊富なため,すべての英語情報を日本語翻訳することは不可能。これからはグローバルな交流活動も当たり前の時代となると,英語Webサイトに対する抵抗感を英語のままでも少なくするような意識醸成が必要かなと思った。

20181211_Tue

前日,2018年12月10日は「IT誕生50周年」とのこと。

1968年12月9日(米国時間)に行なわれた歴史的なデモンストレーションから50年であり,1993年にインターネットの商用化が本格化してから25年というタイミングだから。

これを記念して,インターネット商用化25周年&「The Demo」50周年記念シンポジウム「IT25・50 〜本当に世界を変えたいと思っている君たちへ〜」が開催され,アラン・ケイ氏の基調講演とディスカッション部分がネット配信された。

アラン・ケイ氏は英国ロンドンからのビデオ会議による講演で,その中継映像を各地の会場で視聴したり,ネット配信で見ることができた。50年前にダグラス・エンゲルバート氏によって行なわれた伝説的デモンストレーション「The Demo」の会場に居合わせたというアラン・ケイ氏の話は興味深かった。

どうしてもマウスを発明した人物として紹介されてしまうダグラス・エンゲルバート氏だが,むしろ,人間に寄り添った総合的な情報システムを構想してデモンストレーションした人物であることが知られるべきだというのがアラン・ケイ氏の主張だった。

また,読むべき論文として「Augmenting Human Intellect: A Conceptual Framework」 – 1962 (AUGMENT,3906,) – Doug Engelbart Institute も紹介されていた。(ちなみに服部桂氏は今回も『パソコン創世「第3の神話」』をお勧めしていた。)

ディスカッションは,それぞれの参加者の問題意識のもとで発言が展開し,途中,アラン・ケイ氏のビジョンにインスパイアされてできたDynamiclandという実験空間についての紹介があったのは面白かったが,なんだか歴史を伝えきれていないという湿っぽい雰囲気になっていた。

歴史を重視している本研究室としても,今回のように25年や50年を振り返って歴史に触れ,そこに忘れてきた魅力的なアイデアを共有するという試みはとても大事だと考えている。

唯一気をつけなければならないなと思うことは,今回のようなテーマの関係者が特別なコミュニティに閉じてしまっていて,それはそれで歴史を共有してきた戦友達だから仕方ないけれど,そういう人たちの発信する物語を周りの人間がどうやって当事者意識を持って関わり受け止めるか,そこがうまくできるといいなということである。

まだまだ知らないことが多いので,こちらがひたすら歴史を勉強…という感じ。