タンジブルな教材

 りんゼミが始動して3週目。まだ専門ゼミナール自体の運営をどうしていくのか,共通理解を形成する段階です。私が持っているイメージを伝えた上で,これからゼミ生達と少しずつ積み上げてこうと思います。

 りんゼミでは「各個人の卒業研究テーマ」と「分担する調査報告課題」の2本と,「興味深い文献のゼミ講読」ができればと考えています。

 各個人の卒業研究テーマは,Googleスライドを共有しながら書き出してもらう形で,まずは関心を広げたり細かくしてもらい,その後絞り込んでいく予定で先週から始まっています。

 今回は,「分担する調査報告課題」を発表。卒業研究をまとめるためのウォーミングアップをしてもらうために,あるものをそれぞれ調べて毎週のゼミで継続報告してもらいます。そうすることで調査や分析の方法や整理して発表する段取りなど身に付けて欲しいと思っています。

 今回のゼミ分担課題は「タンジブルな教材」。

 具体的には,Tangible Play社の「Osmo」とOrbotix社の「Sphero 2.0」とタカラトミー社の「JOUJOU Cube touch」をそれぞれ分担して調べます。

 それぞれはタブレット端末(iPad)で使うことを前提としたゲームや玩具で,画面の中のものだけではなく「実在するもの(タンジブルなもの)」とを組み合わせて楽しむという点で共通しています。

 「タンジブル」(tangible)という言葉は聞きなれないかも知れません。辞書的には「明白な,疑う余地のない」「触知できる,触れられる」「有形で実在する」といった意味があるとされています。

 昨今は,電子工作のようなものがメーカームーブメントとして流行っているといわれるのも,タンジブルなものに対する関心が高まっているからだと思います。

 もちろんこれは,デジタルとアナログの雑な対比の中での,アナログ的なものがいいという意味合いでは決してありません。「見る」だけではない「触る」という身体的に感じられる知覚手段を合わせて使うことで,もっと経験に拡がりが生まれるだろうという期待だと思います。

 そんなことから,教育・学習的にもタンジブルなものに関心を寄せることができそうです。

 りん研究室でも,いくつかこうしたものを集めていましたので,ゼミ生達にこれらを貸し出して,しっかりとエキスパートになってもらおうと思っています。そして,このブログにもゼミ生達に,それぞれ担当したものの紹介や奥深さについて投稿してもらおうと思っています。

ICT活用教育アドバイザー

 文部科学省「ICTを活用した教育推進自治体応援事業」における「ICT活用教育アドバイザー派遣事業」に関して,ICT活用教育アドバイザリーボードが設置されました。

 参考記事:「公立校の情報インフラ整備に指南役 文科省が派遣」(日経新聞 20151004)

 これから学校教育の情報環境を整備する自治体に対して,文部科学省もちでアドバイザーが派遣される代わりに,他の自治体の参考になるようなガイドや情報を整理してまとめなさいという交換条件です。

 いったいどんなアドバイザーが揃っているのか,それが一番問題とも言われていますが,強者揃いの中に,力不足を承知で私も名前を連ねています。枯れ木も山の賑わいというか,面白いのが一人いた方がよいでしょうと推薦されたご縁です。プロフィールは顔以外ちっとも面白くないですが…。

 基本的には申請書に書かれた取り組み内容に照らして,事務局がアドバイザーをマッチングするため,特定のアドバイザーをご指名いただくことはできません。ご縁があれば,お手伝いしに行くことになると思います。

 文部科学省によるアドバイザー派遣自体に効果や意味があるのかという疑問はあるかと思います。とはいえ,少なくとも特定地域の教育情報整備をより良く進めるお手伝いができることには一定程度の価値があると考えます。

 また,事業自体の成否よりは,むしろ文部科学省としてのスタンスを表明している事業なのだとご理解いただく方が現実的かも知れません。

 学校設備の地域格差が大きく開きつつある現実の中で,情報環境整備という側面からでもその差を埋めることができないものか。そういう焦りのようなものが,こうした形で出てきているのだということを国民の皆さんに読み解いて欲しいというのが本音なのだと思います。

 教育と情報の歴史研究をしている私としては,他のアドバイザーの皆様の実績や過去の偉業を知る良い機会なので,内側からいろいろ記録を残せたらいいなと思っているところです。

日本教育工学会 SIG活動 成果物 2015

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SIG-04 教育の情報化

 学校の情報設備環境を整備するための指針「整備ガイドライン

SIG-05 ゲーム学習・オープンエデュケーション

 ゲーム学習とオープンエデュケーションの研究動向と研究リソース「SIG-05レポート2015

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 日本教育工学会(JSET)は,2014年度からSpecial Interest Group(SIG)という活動形態を始めました。

 学会という場所は,人々が集まって多様なテーマを追いかけている場なので,これまでも学会大会で「課題研究」という形の特定テーマについて束ねて発表をする機会が設けられていました。そうすることで旬な研究テーマについていろんな研究を求めていくことができるというわけです。

 とはいえ,1年1回の学会大会の場が軸になったのでは,この目まぐるしい速度の時代に対応するのも難しくなってきたことも事実で,もう少し柔軟な研究活動形態が求められていたということになります。そのためのJSETにおける一つの提案が「現代的教育課題に対するSIG 」という活動でした。

 JSETのSIGは6つでスタートし,今年新たなものが加わって全部で11のSIGになりました。

 先行したSIGではすでに様々な活動が行なわれ,活動記録は学会のホームページ「SIG活動」にも掲載されています。

 いくつかのSIGは成果物という形も出してはいるのですが,学会のホームページに掲載するということになると,その辺はまだ事務手続きの世界が残っているため,2015年10月3日現在でも掲載されていないというのが実情。そこから脱して動くのがSIG活動の意義ですから,実際のところはソーシャルメディアなどを経由して公表されていたりします。

 ここでは,2015年9月にあった学会大会で紹介された2つの成果物を掲載します。また,日本教育工学会では「日本教育工学会倫理綱領」を定め掲載しました。

 

20150930 岡山県新見市教育情報化推進協議会

 岡山県新見市で教育情報化推進協議会が開催され,外部識者として会議に出席しました。

 文部科学省「ICTを活用した教育推進自治体応援事業(ICTを活用した学びの推進プロジェクト)」の「ICT活用実践コース」に岡山県新見市が採択されたことで,私にご依頼いただいた次第です。

 新見市は,これ以前から総務省「ICT絆プロジェクト」「フューチャースクール推進事業」および文部科学省「学びのイノベーション事業」を利用して市内の小中学校を実証校として学校の情報対応を試みてきた地域です。

 フューチャースクール実証校巡りをしていた私は,iPadを導入機器として選んだことでも話題となった新見市立哲西中学校にお邪魔をしたことがあり,2度ほど新見市に足を運んでいました。そんなご縁もあって,今回,外部識者としてお声がけいただきました。

 昨年には,新見市内6校の中学校に1人1台のタブレット端末が配布されました。

 先行して実証実験に取り組んでいた哲西中学校での成果を踏まえて,「ネットワーク環境」「1人1台タブレット端末」「教室の端末とIWB」「ICT支援員」という4点セットが重要性であるとして他校も整備したそうです。

 現時点で,各校の進捗は様々で,先生方のスキルや意識を醸成しながら,各校のテーマに沿った取組みを加速していくことが求められているようです。

 また対外的には,端末導入による成果を具体的に提示することが求められていて,端的に「学力向上」に結びつく何かしらの数値を求める声も強いのは,関係者として悩ましい課題です。もちろん,今回の新見市の事業は,学習指導の質の向上を通して,その先の学力向上を目指しています。とはいえ,決して小さくはない予算を使っての取組みです。分かりやすい成果を必要とする世界が隣り合わせていることは,どの地域の取組みでも同じことだと思います。

 ただ,ICTの効果に関して,次のように記している文献があります。

「(前略)学習に対する「ICT」の効果に関する議論は、あまりに曖昧で広すぎる。それはまるで、学校教育における本の効果はどのくらいかを尋ねるようなものだ。もちろん、それは本自体に左右されるし、読みのプロセスや学習者、そして期待される成果によっても異なる。同様に、コンピュータ代数システム(CAS)や補習用数学ソフトといった数学のソフトウェアで学習するのと、非同期型学習ネットワーク(ALN)、電子書籍、SMS、Google、コンピュータゲーム、知的認知システム、あるいはWikipediaなどを併用して学習するのでは違う。この点について、エビデンスに基づきながら導き出せる一般的な結論は、次の2点である。すなわち、1)ICT環境の効果は慨して、ICTの特徴のみならず、学習プロセスや成果をモニタリングし、制御し、振り返る生徒の能力によっても大きく左右される。2)以下に述べるように、様々なICTの特徴に合わせて、メタ認知的足場づくりを修正することができる、ということである。(後略)」

(OECD教育研究革新センター『メタ認知の教育学』明石書店2015、
217-218頁)

  つまり,ICTの効果は,活用に際して働くメタ認知の在り方に深く関係するのだとする考え方です。よって,そのようなメタ認知が育まれるためには,盲目的な利用に陥らないように学習活動への配慮をする必要があるということなのです。

 分かりやすい学力向上を示すのであれば,読書やICT活用よりも,ひたすらドリル練習でも繰り返せば結果を示すのは簡単です。しかし,ドリルを解くようなやり方ではこの時代の問題に対応できなくなっているというのが,そもそもの話の発端だとするならば,読書やICT活用をどのように運用すれば課題解決に結びつけられるのか,その能力こそ求められていると理解してもらう必要があるのだと思います。

 「メタ認知」や「自己調整学習」といった言葉は,専門領域では少々過剰摂取されすぎた感も無きにしもあらずですが,そろそろ一般社会における議論において理解してもらうべき段階に来た言葉なのかも知れません。

 今回の文部科学省「ICTを活用した教育推進自治体応援事業(ICTを活用した学びの推進プロジェクト)」では,各自治体において,「メタ認知」の獲得について,どのように分かりやすく指標や記述を表していくのか,そのことが共通して通底する課題になっていくのではないかと私自身は思っています。

 岡山県新見市までは,徳島から電車に揺られて4時間。都合で岡山に前泊してから翌日会議で帰宅するというスケジュールでした。お出かけ前にいろいろあって大変でしたが,なんとか無事に行って帰ってきました。