1人1台どれを選ぶか

学校における1人1台学習端末 GIGAスクールネットワーク構想 は,経済対策の一環として閣議決定され,令和1年の補正予算から措置されます。学校における1人1台学習端末の予算も補正予算内に含まれているようです。

まずは,「学校のネットワーク環境」を整え,「教職員・児童生徒のアカウント付与」をすることが必須条件です。不出来なフィルタリング機器などを導入してしまって台無しにしないように気をつけなければなりません。

しかし,世間の関心が高いのは,学習端末としてどの機種選ばれるかということかも知れません。

政府の意向としては,一括入札による金額的なメリットを得るため都道府県単位で導入することを推奨しているようです。そうなれば,47都道府県と政令指定都市ごとに端末選択をする可能性があります。

文部科学省から「端末1台5万円程度」という目安が示されたこともあって,各メーカーによる5万円水準に抑えた端末の売り込みが早くもスタートしています。しかし一方で,5万円程度で得られるスペック性能が満足いくものなのか疑問を呈する声もネット上では散見されます。使途によるとはいえ,この見極めは難しいです。

下図は5万円周辺の端末に対するイメージ図ですが,これも一面に過ぎません。

とにかく,すでに商戦は始まっており,一般市民が注目すべきは国レベルの予算云々よりも,私たち自身が住む市町村や都道府県の教育委員会周辺で展開するビジネス政治の抗争です。

過去に私たちは,教科書採択の場で不公正な顧客勧誘活動が展開し事件になったことを経験しています。同じことが学習端末選定の場面で起らないよう,厳しく目を光らせておくことが重要です。

高性能

低性能

面倒

手軽

ed.jp関連情報

学校における1人1台情報端末とインターネット環境の整備に対する大規模予算の投入にあたって,学校のインターネットドメインである「ED.JP」について理解し,関係者の方々が懸念している事柄に対しても,この機会の予算で対応を措置できるようにする必要があると考えます。GIGAスクールネットワーク構想も,ドメイン問題を今一度しっかり取り組んで初めて意味のあるものになります。

関連情報をメモします。

ED.JPドメインとは - IT用語辞典(e-Words)
http://e-words.jp/w/ED.JPドメイン.html
ED.JPドメインの取得(JPDirect)
https://jpdirect.jp/domain/edjp.html
.ed.jpドメイン(さくらのドメイン)
https://domain.sakura.ad.jp/jpdomain/edjp/
.ed.jpドメイン(お名前.com)
https://www.onamae.com/service/domain/edjp/
教育機関が取得可能な「.ac.jp」「.ed.jp」ドメイン取り扱い開始(エックスドメイン)
https://www.xdomain.ne.jp/news_detail.php?view_id=5239
ドメイン【ed.jp】の取得が可能な組織種別を教えてください。(エックスサーバー)
https://support.xserver.ne.jp/faq/domain_take_edjp_organaize.php

19980305「教育ドメイン名アンケート結果について」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19980305-01.html
19980522「「学校ドメイン名」の御意見募集の結果について」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19980522-01.html
19980615「ED.JPドメイン名新設の提案」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19980615-01.html
19980710「ED.JPドメイン名新設に関するスケジュール見直しのお知らせ」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19980710-01.html
19980716「ED.JPドメイン名新設に関するオフライン・ミーティング開催のお知らせと発表者募集について」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19980716-01.html
19980723「「ED.JP ドメイン名新設の提案」に関するアンケートのお願い(案)」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19980723-01.html
19980806「ED.JP ドメイン名に関するお知らせ」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19980806-01.html
19980806「「ED.JPドメイン名新設に関するオフライン・ミーティング」議事メモおよび説明資料公開のお知らせ」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19980806-02.html

19980820「EDドメイン名新設のお知らせ(DOM-WG 最終案)」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19980820-01.html

19981105「EDドメイン名の予約ドメイン名リスト公開について」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19981105-01.html
19981111「EDドメイン名の実施時期延期について」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19981111-01.html
19981125「EDドメイン名の実施時期延期について」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19981125-01.html
19981201「EDドメイン名の予約について」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19981201-02.html
19981203「EDドメイン名の予約について(2)」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19981203-01.html
19981209「Internet Week '98 JPNIC BOF 開催のご案内」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1998/19981209-01.html

19990107「ドメイン名登録等に関する規則の改訂について」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1999/19990107-01.html
19990113「メイリングリスト EDU-TALK 開設のご案内」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1999/19990113-01.html
19990701「EDドメイン名実証事業について」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/1999/19990701-01.html

20020401「「.JP」の登録管理・運用サービスがJPNICからJPRSへ」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/2002/20020401-01.html

20030213「米商務省が「.edu」の登録要件を緩和」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/2003/20030213-01.html
20030422「「.edu」が新登録要件での受付けを開始」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/2003/20030422-01.html
20031021「「.edu」Whois情報の正確性向上プロジェクトについて」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/2003/20031021-01.html
20031117「JPRSがJPドメイン名登録管理サービスを改定」(JPRS)
https://jprs.co.jp/press/2003/031117.html
20150407「nic.ad.jpゾーンへのDNSSECの署名について」(JPNIC)
https://www.nic.ad.jp/ja/topics/2015/20150407-01.html

20020708「第2回JPドメイン名諮問委員会議事録」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/02/minutes.html
20021118「第3回JPドメイン名諮問委員会議事録」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/03/minutes.html
20050830「第13回JPドメイン名諮問委員会 議事録」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/13/minutes.html
20051117「第14回JPドメイン名諮問委員会 議事録」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/14/minutes.html
20060223「第15回JPドメイン名諮問委員会 議事録」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/15/minutes.html
20150617「第52回JPドメイン名諮問委員会議事録」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/52/minutes.html
20161020「第57回JPドメイン名諮問委員会議事録」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/57/minutes.html
20171206「第60回JPドメイン名諮問委員会資料及び議事録」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/171206.html
20171206「初等中等教育機関などの名称(「〇〇小学校.jp」や「〇〇高校.東京.jp」など)の登録について」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/60/5.pdf
20161211「第63回JPドメイン名諮問委員会議事録」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/63/minutes.html
20190522「第65回JPドメイン名諮問委員会議事録」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/65/minutes.html
20190926「第66回JPドメイン名諮問委員会議事録」(JPRS)
https://jprs.co.jp/advisory/material/66/minutes.html

今年ちょうど,株式会社日本レジストリサービス(JPRS)のJPドメイン名諮問委員会議にて,ed.jpの登録資格確認の議論が行なわれていることから,関係者もドメイン登録状況に関心を持っていることが伺われます。この機に,予算措置のうえで学校ドメインの整備に協力してもらうべきではないでしょうか。

「「大学生の教員離れ」は本当に生じているのか」という不思議な文書について

2019年11月に「「大学生の教員離れ」は本当に生じているのか」という不思議な文書が出回りました。

文書作成者名義は「熊本大学教育学部長」。確かに熊本大学教育学部の学部サイトでトピックスの一つとして公開されています。

曰く,「最近の新聞報道やネット記事の中には、「大学生の教員離れ」が進んでいることは明白な事実であるかのように論じているものが数多く見受けられる。(中略)そこで、全国的に見れば「大学生の教員離れ」は生じているのか、生じているとすればいつ頃からなのかをデータに基づき確かめてみることにした」と。

文書では教員採用受検者数や新規学卒者の受験率/採用率などのデータを参照し,当該世代における人口に占める割合に置き換えながら,受験率は上昇横ばいの後やや下降,採用率はこの10年間で上昇の一途と報告しています。

よって「少なくとも全国的には、この間ずっと「大学生の教員離れ」が進んでいるとは言えない」と分析。ただし,同世代内の受験率下降が始まる2017年度以降について,「少しづつではあるが「大学生の教員離れ」が生じ始めた可能性はないとは言えない」とも補足しています。

この文書では,分析のきっかけを「最近の新聞報道やネット記事」と書いているだけなので,具体的にどんな記事のどういう解釈に対して物申したいのか不明です。

「大学生の教員離れ」で検索すると…

優秀な若者を教職に引き寄せてきた日本で、とうとう始まった「教員離れ」​(Newsweek)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/02/post-11650.php​

教員の働き方がブラックすぎて、教育学部の倍率がヤバイことに。(togetter)
https://togetter.com/li/1309183

「小学教員の競争率、7年連続減の3・2倍 懸念される質の低下」(産経新聞)
https://www.sankei.com/life/news/190522/lif1905220028-n1.html

教師への夢をあきらめた学生たち 現役教育大生のリアル 競争倍率低下時代における教育の危機(Yahoo!ニュース個人)
https://news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20190104-00110038/

などが私の場合は検索結果に出てきます。(人によって違うかも知れませんね)

ほとんどが,教員採用試験の倍率や競争率の低下,受検者数の減少に関して触れたもので,その中で「大学生の教員離れ」が触れられているといったもの。

昨今の教員にまつわる報道,あるいは教育実習などで直接目にした諸先輩方の仕事ぶりなどを踏まえて「教員という仕事は大変」「教員になる自信がない」等といった意識をもつ大学生達の「教員へのマインド離れ」ということが起こっているのではないかという指摘です。

つまり,「教員へのマインド離れ」を許し続けると,優秀な人材が教職に流入しなくなることを懸念しているわけです。

ところが,今回の文書が想定している「大学生の教員離れ」のお話は,どうも違う文脈で言われているものを対象としているようです。

ちょっと長く引用してしまいますが,この文書が言いたい部分を抜き出します。

「以上の検討結果を踏まえて、教員養成の担当者としての思いを述べたい。
 ここ熊本でも、教員不足は確かに深刻である。しかし、このことを「大学生の教員離れ」にすぐ関係づけるのはいかがなものだろうか。
 実際には、教員不足の最大の原因は、定年を迎えた教員の大量退職にある。また、子育てや介護と両立させにくい学校の労働条件が、リカレント的な教員就職や職場復帰を妨げ、事態を一層悪化させている可能性もある。
 ところが、そのような教員需給の客観的条件を詳しく分析する代わりに、「近頃の大学生は苦労してまで教職になんてつきたがらないのだろう」といった思い込みで論を進める傾向が一部マスコミに見られるのは、教員養成の担当者として悲しい限りである。」

というわけで,どうも「教員不足」について「大学生の教員離れ」に触れた新聞報道やネット記事があり,それを想定して書かれたようなのです。

ただ,私が「教員不足」「大学生の教員離れ」で検索しても,それっぽい報道や記事が見当たりません。

というわけで,私にとって今回の文書は大変不思議な文書に読めるというわけです。

あまり意地悪なことを書きたくはありませんが,たぶん,ふわっと抱かれた危機感から真摯に書かれたのだろうと思います。そして,この文書の肝はデータにもとづいた分析の部分ではなくて,実は最後の一文を発信したかったということなのだろうと思います。

曰く,「私たち教員養成の担当者は、教育現場と手を携えつつ、そのような思い込みを吹き飛ばすような大学生たちの頑張りを支えていきたいと思う」と。

その心意気は,私も同調します。

準備期間ではない学校教育の始まり

学習指導要領の捉え方が平成29年改訂で根本的に変わったことを,学校教育関係者でさえ実感していないかもしれません。

「資質・能力」や「見方・考え方」という新たなキーワードを使って混み入った理屈が連なっていたり,カリキュラム・マネジメントを学校や教師レベルで展開しなさいと求められてはいるけれども,単にそれはいつものように要求項目が増え,現場の人間がなんとかしなさいと言うための方便だと受け止めているのがほとんどだと思います。

実際,小学校を例に取れば,先行して始まった特別の教科「道徳」に続いて,教科「外国語」の新設,プログラミング体験の導入など,教育内容は単純に増大しています。

授業時数に限ってみても,教科「外国語」の分が時数増加するわけですから,そのしわ寄せが学校行事等に及ぶなど,学校はてんやわんやの状態です。

こうした大騒動は,新たな学習指導要領を従来の捉え方の枠組みの中へハメ込もうとする困難から生じています。

しかし,蓋を開けて試行錯誤を進める中で,やがて分かってくるのは,「従来の捉え方の枠組み」の方を変更しなければならないということなのです。

つまり,学校の守備範囲を変えざるを得ないということです。

学校教育は社会で生きるための準備期間であるという捉え方が堅持されてきました。

そうすることで適切に配慮された教育内容を系統的に学ぶ場を確保し、子ども達が安定的に社会参加に向けての成長を遂げられると考えたからです。これは人権を保障され行使する存在としての市民を育成する意味でも重要です。また、社会から隔離することで子ども達が安心して試行錯誤することも保証できるからです。

しかし、社会生活の準備期間としての学校教育を仮に「K-12」の範囲と考えた場合、その18年間、社会生活をしていないのかといえばそうではなく、すでに市民の一員として立派に社会活動を展開しています。

現実の学校教育は、準備としての学校教育にとどまらず、とうの昔から社会活動を実践している青少年市民を相手に社会教育としての役割を担わざるを得なくなっていたのです。

つまり、準備期間ではない学校教育は始まっていたのです。

このような前倒しが起こっていたにもかかわらず、学校は社会から隔離された状態を保ち、準備教育として良かれと思われることに焦点化を続けてきました。

特に日本の学校教育は、諸外国の学校教育に比べて、社会との結びつきを限定的に絞ってきた傾向が強くあります。

いま、学校にまつわる話題の数々が世間を少なからず驚かせてしまっているのは、裏を返せば学校教育活動が世間と距離をとり続けてきたことの証左であるともいえます。

加えて、何らかの問題に直面した教育委員会がとる対応等が、一般市民が取るべきと考えるものとズレていることが多いのも、教育委員会事務局や学校教育関係者に世間とやりとりできるコミュニケーションチャンネルが持たされてないことに遠因があるように思います。

それもこれも、準備期間としての学校教育を営むにおいて、実社会と直結するようなパイプは必要なく、教育的なフィルタリングを通してのみ関わることが望ましいと考えてきたためです。

これは教育学的には、現在でも有効なアプローチであることは確かでしょう。

ただし、学校教育の教育内容が、現代社会における準備を担うに相応しいものであるならば…です。

変化の緩やかな時代ならば通用していた方法も、情報が常にアップデートされ、知識活用そのものが学習活動であると考えられるようになった現代においてはもう、通用しないのです。

教育内容を習得・探究するだけに留まらず、活用を見通す必要をうたったのは平成20年度改訂からでした。

この助走が、平成29年度改訂の学習指導要領において、学校から実社会に向けた働きかけという形で本格的な走りとなります。

これは学校教育自体を反転させる試みです。

日本的に理解を促すのであれば、児童生徒達の社会活動を学校教育の場に前倒しすることだといえます。

そこにはもちろん準備期間としての学校教育活動も存在するとは思いますが、そうした期間は短めに区切って、実践的なプロジェクト活動として知識の活用を促し、さらなる習得や探究をも引き出していくような姿が求められているといえます。

そのためにはまだ、教職員や児童生徒、学校にとっての武器となるリソースが足りません。人手もたくさんいるでしょう。

そして、何より、学校教育に関わりうる人々の学校教育に対するマインドセットを変えることからスタートしなければならないと思います。

昨今の学校における1人1台学習端末も、学校教育に対するアップデートされた認識からすれば、遅すぎたとはいえ、至極当然の措置であり、それも足がかりにしながら学校教育を反転させていかなくてはなりません。

誰が反転させるのか?

ここまでは、実社会と距離をとりながら、学校教育関係者が学校教育を担ってきた流れにありました。

保護者も地域社会も,準備期間を担う学校教育を専門家である関係者に任せ,子どもたちを預けてきました。そして必要に応じ,協力者として関わる形を取ってきました。

平成29年度改訂の学習指導要領は「社会に開かれた教育課程」と位置づけられています。

このことの意味は,準備期間ではない学校教育の始まりをあらためて宣言し,学校の教職員や児童生徒を実社会の一員として対等に扱うことを通して学びの世界を社会に広げていくことだといえます。そこでは協力者という立ち位置とまた異なる関わりが必要だと考えられます。

けして新たな教育理念が導入されたということではなく,これまで理念として人々が語り思い描いていたものを,学校教育への実際的な関わりとして具体化し実践していくことなのだろうと思います。

今回の学習指導要領がそうした学校教育のアーキテクチャの大幅アップデートだとすれば,私たちは用意された環境のもと,実社会に結びついた学習活動という様々なアプリのインストールによって動かしていくことが求められているともいえます。

さて次は,社会の側にいる私たちのターンです。

変わらざるを得ない学校教育の守備範囲

平成29,30年改定の学習指導要領にもとづく学校教育への移行が準備され,段階的とはいえ来年度から本格実施となります。

私自身はもともと,教育内容研究の学徒としてこの道に紛れ込みましたので,研究対象として学習指導要領改訂を追いかけてきました。

ちょうど平成元年改訂の「新しい学力観」に始まり,平成10年改訂「生きる力」,平成20年改訂(21世紀に対応する生きる力の深化)を経て,平成29年改訂「資質・能力(コンピテンシー)」を同時代的に眺めてきたことになります。

個人的所感になりますが,学習指導要領は常に「新しさ」を盛り込んで改訂されてきました。とはいえ,いわゆる法的拘束力をもつ存在として,自由闊達な教育の創造を促すというよりは,それに従うことによって新しさを出していく傾向を引きずってきたのだと思います。

学校関係者の献身的な努力によって,これまでは「新しさ」への追従もなんとか体面を保っていたわけですが,今後の学校教育を学校関係者だけの努力で運営していくことは限界に来ています。

まして平成29年改訂は,学習指導要領の捉え方自体を根本的に変更しました。

単に「新しさ」を追従するだけのやり方では,学習指導要領が目指しているもの自体を台無しにしかねないのです。

これからは,外部の地域社会の人々とも関わりを増やしながら,努力のエネルギーを創造的な方へ向けていくことが求められています。

しかし,学習指導要領には創造的な方向が「具体的に何を目指すのか」までは明記していませんから,それを学校関係者が地域社会を巻き込んで考えていかなくてはならないという課題が立ちはだかります。

そのような課題に取り掛かる経験した学校関係者は正直多くありません。

教師教育(教職員研修)や教員養成の領域も,この課題に立ち向かうためどうすればよいのか,これまでの取り組みの見直しを迫られているわけです。

過日,PISA2018の調査結果が公表されました。

様々な報道や分析が飛び交い,PISA読解力の順位低下に注目してデジタル・スキルの弱さを指摘するものや,報道記述の紋切り調を論難するもの,様々な要因が絡みあった結果だと考えるものなど,様々です。

私はたまたまタイミングよく,OECDのPISA調査結果発表カンファレンスの様子を動画ストリーミングで視聴していました(録画を見ることができます)。

OECD事務総長のグリア氏によって概要が発表された後,OECDの教育・スキル局長であるシュライヒャー氏が調査結果について解説をし,よき変化のあった国々の責任者が招かれてコメントをしています。

発表会ですので,調査結果の順位や点数の分析に言及していることは当然なのですが,むしろ,そこで語る人々の熱量は「よりよき日常生活」のために結果をどう受け止めて何に取り組むのかに多く注がれていました。

動画内に写る登壇卓にも記されている言葉ですから,OECDのキメ文句だとは思いますが,「BETTER POLICIES FOR BETTER LIVES」という言葉を彼らは臆面もなく強い口調で訴えるのです。

シュライヒャー氏も分析結果を背景とともに紹介しながらも,基本はこれからの時代に各国の教育が何を目指すのかが大事であるとの姿勢は崩していませんでした。『教育のワールドクラス』に著されている通りです。

アプローチは様々あるにしても,基本的には子どもたちのウェルビーイングを高められるよう「教師」が専門性を発揮できるようにする必要があり,そのためのサポートを各国がポリシーとして位置づけていくことを重視しているのです。

では日本の子どもたちや私たちの「ウェルビーイング」とは何なのか?

人生の満足感や質を高めるとか,人生の満足感や質を高めることを促す教育学習活動とは日本において一体何なのか?

教育に関わる人間どころか,一般市民でさえ,まともには語り合えていないテーマについて,学校教育関係者は専門性なるものを発揮して取り組まなければならない…と言われているのです。

情報時代の学校をデザインする』を著したライゲルース氏たちは,学習者中心の教育への転換のために6つのアイデアが必要だと論じています。

1. 達成ベースのシステム
2. 学習者中心の指導
3. 21世紀型スキルを含む広がりのあるカリキュラム
4. 教師,学習者,保護者およびテクノロジーの新たな役割
5. 調和ある人格を育む学校文化
6. 組織構造,選択,インセンティブ,意思決定のシステム

6つと言いながらも中身は多様な内容です。率直に言えば,新しい私立学校をつくるでもない限り,6つを実現するのは容易ではないと思います。

しかし,強いて何から取り組むことが公立学校の教職員に可能なのかと考えると,「4」の新しい役割を認識することからではないかと思います。そこから「2」を再構築し直したり,「1」を導入したり,やがて「3」や「6」が必要になって,「5」が生まれるとイメージしつつ,実際の順番にこだわらないことが必要なのでしょう。

大事なのは,学校設置者である教育委員会や基礎自治体の全部局,地域社会全体が当事者としてコンセンサスを持つことです。必要があればコミットできる状態をつくることでしょう。

人々が分断したまま,慣例的に自動化された手続きによってだけ運用されるような地域社会には「ウェルビーイング」は生起しないということです。

もちろん,日本のムラ社会的な仕組みは,郷に入っては郷に従うことで得られるメリットがたくさんありました。その善さをすべてスポイルすべきとは思いません。それがウェルビーイングの選択肢としてコンセンサスを得られるのなら,納得できる持続可能な方法で目指せばよいと思います。

ただ,やはり時代が進み,世界的な視野を必要とする世の中になってきて,なんの見直しも再検討もなしに従来の仕組みを継承することは難しくなっている。それが学校教育の守備範囲を変えざるを得なくなっている事情でもあると思います。

少し前にもてはやされた「反転学習」という取り組みがあります。

授業でやっていた習得学習と家庭に持ち帰っていた課題学習を「反転」させて,家庭で動画教材などを活用して習得学習してもらい,授業で課題を取り組みながら教師や仲間の学習者との協働学習を深めてもらうというアイデアを出発点にした学習形態です。

しかし実際には,名前ほどキレイに反転したやり方の取り組みはハードルが高く,その上,話題を集めた当時は動画教材の活用などがワンセットで取り上げられがちであったため,敷居の高さを感じさせてしまいました。

先行して取り組んだ学校や教員の方々は,事前の教材研究や準備の大変さを乗り越えて,蓄積された学習教材リソースを元手に現在も順調に取り組みを進展させているのですが,その山を越えられなかった人々や世間の関心はサーッと引いてしまった感はあります。

日本での「反転学習」の現実的な受容のされ方は,反転ではなく,「前倒し学習」と呼ぶべきもので,もしかしたら,そのようにネーミングを変えて理解の浸透を目指すべきだったのではないかとも思われます。

学習を前倒すことによって,何を実現させようとしているのか。

そう考えた時,平成29年改訂の学習指導要領が目指している「社会に開かれた教育課程」とは何か。延いては社会とともにある学校教育の姿というものを新たに描かざるを得ない理由も見えてくるのかも知れません。

だいぶ長くなりました。続ける前に一区切りつけたいと思います。