少しの後悔

教育の情報化に関する手引』の追補版が公開されました。

もともとは令和元年12月のものですが,その後の動向の反映や図版の追加などがあったようです。

手引自体は昨今の教育の情報化に関わる情報がてんこ盛りですので,この分野に関して知りたいことがあった時にはまず参照すべき資料でしょう。

ところで,この手引きの第4章には次のような図版が掲載されています。

いろんなバージョンがあり,今回掲載されているものもイラストをいくらかアップデートしたものになっています。

もともとは平成26年の「学びのイノベーション事業」の実証研究報告書において公表された「学習場面に応じたICT活用事例」でした。

実は私も,ご縁をいただき,この学習場面10類型の作成に関わりました。

この類型やイラストができ上がる過程で,なんとか類型とパターンのようなものを示して理解しやすいようにしたいよねという議論を展開していた一人ということになります。

私が参加した小中学校ワーキンググループ 指導方法等の検討チームでは,総務省のフューチャースクール推進事業と文部科学省の学びのイノベーション事業の成果を普及させるため,実証実験校での実践を分析・検討しました。

毎回の会議,私は徳島から夜行バスに乗って東京に出かけ,到着した足で朝入浴できる施設に向かい,そこでリフレッシュしながら,実践記録とにらめっこをして分析をしていた記憶があります。

私なりの作業を提出するものの,実際には,文部科学省の職員の方が実質的に作業したものが会議で検討され,少しずつ成果をかたちにします。

そして,報告書の原稿作成も,事務局が作業した叩き台を,私たちがチェックし修正しながら作業を進めていきます。

私は,書き出しする際の作文は苦手ですが,校正作業にはうるさいタイプの人間で,そのときも報告書の原稿は,かなり手を加えた結果のものを返しました。

けれども,その結果はほとんど採用されませんでした。

どんなに一生懸命に朱入れ作業しても,次見る時にはすべて元に戻されたり,提案が却下されていたり,なかなか提案は反映されません。

もちろん,そう簡単に一委員の提案や願望が通るわけありませんので,提案却下自体は問題ないし,それが残念なわけでも,それで凹むわけではありません。

それよりは,私が徳島に帰った後,東京という向こう側に残っている関係者で議論したり検討した結果が,特に相談も確認もないまま,反映されてしまっていることが繰り返されて,次第に「ああ,なんだ私いらないじゃん」という無力感が募ることが辛かった。

最終的に,上の図版ができ上がった時,私は特に厳しくチェックすることもなく異論らしいことは言いませんでした。何かを言う気持ちが少し失せていたのかも知れません。

いま思えば,提案が通らないのは,単にそのときの私の提案に価値がなかっただけであり,実力がないことを周りが配慮して言わないでくれてただけのことでしたが,文部科学省での初めての仕事だったこともあり,気持ちが空回りしていたのだろうと思います。

いまも空回りしかしないですが。

この後,学習場面の10類型は,5〜6年経過した今も取り上げられます。

現場の先生方の中にも,この図版を引用したり参照してくれる人がいて,分かりやすいと評してくれる方々も多いです。

もちろん一方で,分かりやすさを優先したためかなり大ざっぱなところや,技術の普及が進んだ今日から活用場面を再吟味すると,見直すべきポイントはかなりたくさんあります。

それでも,「一斉学習」「個別学習」「協働学習」という典型的な分類のもとに学習場面の10類型を示すという理解しやすさは,理解の入口としては大変有効だと思います。

私が,この10類型について唯一後悔していることは,「協働学習」の学習場面の順番をちゃんと吟味しなかったことです。

皆さんもご覧になると分かるように協働学習は…

C1 発表や話合い
C2 協働での意見整理
C3 協働制作
C4 学校の壁を越えた学習

という順番です。

ちなみに,今回の新型コロナウイルスに関わる事態で,オンラインやテレカンファレンス,リモートカンファレンスが普及し,「C4 学校の壁を越えた学習」についてかなり具体的なイメージをみんなが持てるようになったことはよいことだなと思います。

そのC4が最後なのはよいのですが,問題はC1〜C3の順番です。

私はこれを

C2 協働での意見整理
C3 協働制作
C1 発表や話合い
C4 学校の壁を越えた学習

という順にすべきだったと後悔しています。

これは「個別学習」のB1〜B5の並びとの整合性を考えても,その方がよかったと思っていて,この10類型を授業などで説明する際,いつも流れの悪さを感じてしまうのです。

最初のうちは,そのうち新しいものを誰かが作るから,それに取って代わられればいいか,と思って諦めていましたが,なんだかんだでもう5年。

ようやく最近,学習場面の10類型が授業場面のみに特化して作られたものであり,日常的にICTを利用する現代では十分ではないことを指摘した国際大学GLOCOMの豊福晋平先生が「ICT利活用の用途」という1人1台の日常利用前提とした配列を提案しています。

私も,一刻も早くそちらに乗り換えてもらった方がよいと思います。

あのとき,最後までちゃんと意見を述べる気持ちでいたら,こういう違和感を5年も抱えずに済んだかも知れないと思うと,少し後悔をしていますが,まぁたぶん,私が提案したところで変わらなかっただろうなぁとも思います。

というか,まだしばらく違和感は続くようです…。

私の遠隔授業裏舞台

私の職場は、今年度4月下旬から遠隔授業がスタートしていた。

幸い、何年も前から大学のメールシステムはGmailシステムに切り替えられ、その流れでなんとなくGoogle Appsも使えるようにはなっていた。最初は私のような物好きと語学担当の先生方数人が利用しているにすぎなかったが、GSuiteに名称変更されたあたりから少しずつ学内認知度も高まってきた。

ICT活用がとりたてて得意という職場ではないものの、こうした素地のようなものがあって、新型コロナ禍に伴う遠隔授業の実施方針もGoogle Classroomベースで行うというミニマムな方法を基準として打ち出すことができた。

他大学はGW(ステイホームウィーク)明け以降に遠隔授業を開始するというところが多いにもかかわらず、私の職場が早々に4月下旬から始められた理由は、徳島県が全国的にみても感染者判明数がほぼゼロに近く、感染拡大といった事態と無縁だったことはもちろん大きい。

遠隔授業の取り組みそのものに対しても、先に書いたように、なんとなくそういうものがあると意識が広まっていたおかげで抵抗感が少なかったのもあるが、実際のところどれだけ大変なのか訳が分かっていなかった人たちが多かったこともプラスに働いていたのかもしれない。

情報センター等の関係部署の方々は、突貫作業とはいえマニュアル作りや緊急研修の準備など取り組まれて、そうした努力にも支えられてスタートできたのだろうと思う。

私自身も従来までGoogle Classroomを授業の補助ツールとして使用し続けてきたので、そこでの経験を踏まえて遠隔授業の環境準備を行うこととなった。

実のところ私は、対面による授業で、典型的な口頭伝達的講義と、典型的な実技演習授業を行なってきた、極めて旧来型のステレオタイプな授業手法採用者である。

アクティブ・ラーニングの重要性は承知しているし、試みていないわけではないものの、担当している部分が知識習得を担うタイプの科目であり、その先の知識活用を担う授業科目へ学生達を引き渡すという位置づけを期待される度に、派手な取り組みはお任せした方がうまくいくことを感じている。

そのため、Zoom等のリアルタイムコミュニケーションツールによる同期型の授業はほとんど行なっていない。大学院の担当科目で文献購読を行なう際、Google Meetを使ってマンツーマンで議論している程度である。

講義授業については「毎時課題+オーディオ講義+教科書・講義資料」というオンデマンド型オンライン授業を採用している。

演習授業については、本来であれば対面による授業が解禁されるまで休講にしてもよかったのであるが、「情報処理」という名のパソコン基礎操作演習なので、「実演動画+毎時課題」によるオンデマンド型オンライン授業で進めてしまうことにした。

講義授業

教科書があるので、基本的にはそれに沿って授業を行なうが、毎回は、学習部分に対応した「調べ課題」を毎時課題として用意し自学予習の機会を作ってからオーディオ講義を聴いてもらう段取りにしている。

教員による解説講義を聴く前に自学しておくことによって、内容に見当をつけることができるし、解説をピンポイントで聴くことにも役立つ。二度三度と同じ内容に触れることで反復学習の効果も期待されるだろう。

実際の準備は…

・Googleドキュメントによる「毎時課題」配布テンプレートの作成
・毎時課題を紹介するオーディオ説明ファイルの収録
・教科書や講義資料の準備
・毎時課題に即した学習内容のオーディオ解説ファイルの収録
・これらのマテリアルをGoogle Classroomに予約投稿する設定

以上のようなことをしている。

毎時課題はGoogleドキュメントで調べ課題シートを作成して、「生徒にコピーを配布」モードでGoogle Classroomの課題に追加する。基本的には毎時課題の成果が日常的な学習進捗把握の材料となる。

オーディオファイルの作成には、パソコンにオーディオインターフェイスを使ってマイクを接続して音声収録している。

オーディオ収録環境
【パソコン】iMac (Mid 2011) - macOS High Sierra
【オーディオインターフェイス】EDIROL FA-101
【マイク】Shure BETA 58A
【収録用ソフト】Hindenburg Journalist Pro

収録したオーディオは、mp3形式でGoogleドライブに直接書き出し保存をしている。あとはGoogle Classroom上から呼び出し簡単に添付できる。今のところ受講生数が少ないのでGoogleドライブ共有でもアクセス数制限等の問題に直面していない。

Google Classroom上の投稿構成は、授業トピックを講義単位で括るために使用し、ちょっとしたコースウェア的になるようにしているが、一講義分にたくさんの投稿が並ぶと、リストが長くなるし、投稿の手間がかかるため、「出席確認(質問)/毎時課題(課題)/講義解説(資料)」の3投稿に絞っている。

利用者の増加のせいか、Google Classroomの投稿予約機能は設定した時刻にプラス5〜10分くらいの投稿タイムラグが発生するようになっている。そのため、3つの投稿予定は時間差で設定しているが、それぞれ5分程度の遅れを見込んだ時刻設定にしてある。

提出物は、Googleドキュメントで配布している調べ課題だが、学生達は他の授業で様々なやり方に触れているせいか、Googleドキュメント以外にも、手書きノートを写真撮影したものを提出したり、それぞれ利用しているアプリで課題に取り組んだものをPDF化して提出するものもあったり、千差万別である。その辺は私が対応できる範囲でOKにしているため、学生側から課題の取り組み方法について不満が出てくることはほとんどない。

授業時間中は、出席確認から始まり、調べ課題や解説講義に取り組んでいる最中に書き込まれる質問に返答したり、コメントを読みながらやりとりを行う。出席確認投稿に対する学生のコメントで受講生同士が受講していることの相互確認を行ない、オーディオ講義では前回までの取り組みや受講生からのフィードバックを全体に共有などして、講義授業の一体感や活動雰囲気を確保している。

ちなみにオーディオ収録のタイミングは,収録作業に慣れてしまったこともあり,当日の朝になっていることが多い。日付レベルでリアルタイムであることは同期感が高まるメリットはあるものの,収録を失敗した場合のリカバリー作業に時間的余裕がないことにもなるため,収録は前日に済ませるのが良いかと思う。

演習授業

パソコンの基礎操作に関する演習授業は、対面による授業であれば、大学のパソコン教室に配備されたWindowsパソコンを実際に操作して練習する形で進められてきた。

担当者は、パソコン教室の前方に用意された教員機を使い、実際の機器操作をデモンストレーションしながら受講生達を操作練習に誘ってきた。

遠隔授業となれば、パソコン教室のような統一的な機器環境が見込めない。学生達が自宅で扱える情報機器は、主にスマートフォンであり、一部の学生がパソコンを所有しているに過ぎない。

こうなると、受講生自身による演習部分の制約を受け入れて、教員からのデモンストレーションに重きを置いて進行する他ない。その上で、操作練習する演習部分について、可能な範囲で取り組んでもらうスタンスを取ることにした。

授業は、「実演動画」を視聴してもらうことが中心となっている。内容に応じてスライド資料があったり、演習課題が用意される。

実際の準備は…

・操作画面を中心とした実演動画の収録
・スライド資料の作成
・演習課題の素材、配布ファイル等の作成
・これらのマテリアルをGoogle Classroomに予約投稿する設定

実演動画は、担当者のカメラ映像と機器の操作画面映像とをスイッチャーで切り替えて収録できるようになっている。一つの動画は内容によって時間の長さが異なるが、10分〜15分程度を目安に作成している。

実演は、Windowsでの操作だけでなく、スマートフォン(iOS, Android)およびmacOSでの操作についても扱い、同じ課題を行なう際に各基本ソフトでどんな操作をするのか、可能な範囲で個別の動画を作成し実演している。

これまでパソコン教室や教員機がWindowsパソコンに限定されていたために、特定プラットフォームの実演提示に限られていたが、実演に使用できる機器が教室環境に縛られずに済むようになったため、マルチプラットフォームを踏まえた実演提示が可能となったことは遠隔授業のメリットとなった。

受講生達は、身近な端末の操作方法について学べるようになり、高額な出費で手にしたスマートフォンが日常使っていること以外にも活用できることを発見して、それが授業への関心や意欲にもプラスに働いている様子が感想やコメントからも窺える。

さて、動画収録には、少々トリッキーな環境を構築してある。

動画収録環境
〈デモンストレーションマシン環境〉
【パソコン】Mac mini Server (Late 2012) - macOS Mojave
【仮想環境】Parallels Desktop 15 for Mac - Windows 10 Home
【iOSデバイス】iPhone 6iPhone 6s
【Androidデバイス】Pixel3
【画面転送ソフト】Reflector TeacherAirParrot

〈映像収録マシン環境〉
【パソコン】Mac mini (2018) - macOS Mojave
【オーディオインターフェイス】Audient EVO4
【ビデオキャプチャ・スイッチャー】Blackmagic Design ATEM Mini
【画像転送受信ドングル】EZCast 4K
【マイク】Shure SM7B
【カメラ】SONY RX0
【カメラ】SONY HDR-MV1
【映像収録ソフト】Wirecast Pro
【音声キャプチャソフト】Audio Hijack
【動画編集ソフト】Vrew

実演提示するための機器と映像収録するための機器は別々にしてある。通常、これらが一緒であると、操作画面を収録する際に便利であることも多く、利用できる機材が限られている場合にも都合がよいが、マルチプラットフォームで実演をする負荷を考えると分けた方がフリーズ対策にもなる。

デモンストレーションは、mac OS上で動作する仮想環境上のWindows 10を中心に行ない、スマートフォンはiOSとAndroidの画面転送機能(AirPlay等)を使って、仮想環境と同じマシンの画面に集約表示できるようにした。そのデモンストレーションマシンの操作画面をさらに画面転送アプリ(AirParrot)から受信ドングル(EZCast 4K)に送って画面収録できるようにしている。この辺がトリッキーである。

映像収録マシンは、接続されている映像キャプチャ・スイッチャーATEM Miniで切り替えられた映像を録画する。録画に使っているWirecastは、本来は配信用ソフトウェアであり、もっと安価な時に購入してずっと使い続けているが、いまでは高額なソフトとなってしまった。代替ソフトとしてはOBS Studioがある。

撮影は、カメラ映像で動画の内容を説明したあと、操作画面の映像に切り替えて実演提示を行う。基本的に一発撮りで、多少のミスがあっても撮影中にリカバリーして、編集をせずにYouTubeにアップロードする。

一部の参考動画では収録時間が40分〜60分程度になってしまい、言い間違いなどの修正が必要になるものもある。その場合は動画編集ソフトVrewに読み込ませて編集作業を行なっている。

Vrewを使うと機械学習を活かした字幕生成を行なってくれる。さらに認識した音声テキストを編集することができるが、これは字幕テキストとは別であり、音声テキストの編集が動画の編集と連動するようになっている。そのため削除したいセリフ部分を文字で削除すれば、映像の方もその部分が削除されて便利である。その他にも沈黙部分を短めに詰める機能など使う。

オンラインによる遠隔授業においては、学生側の通信料金コスト負担の問題が取り沙汰され、なるべく授業に関わる通信データ量を下げるように呼びかけが行われている。YouTubeを実演映像の保存先にしているのは、YouTubeが備えている動画の圧縮や配信に関しての技術的なメリットを享受できるからである。

こうしてYouTubeに限定公開された動画は、Google Classroom上の投稿でリンクされて受講生が視聴できるようになる。この際、演習授業では一講義分を「出席確認(質問)/実演動画(資料)/毎時課題(課題)」という3投稿で構成し、それらを投稿予約機能を使って時間差で公開していく。

授業時間中は、動画視聴がひと段落して実際の操作練習のタイミングになる頃にたくさんの質問や様子の報告が限定公開コメントに上がってくるので、個別に返信を行なう。

パソコンやデバイスのトラブルを文字だけで遠隔サポートすることが如何に大変かは、経験された方ならお分かりになると思う。

もちろん、それを見越した解説や実演を動画に盛り込むことは必須だが、それでも想定していないパターンのトラブルや説明が不足している事柄は残るもので、授業時間中に飛んでくる受講生からのコメントはなかなか興味深い。

Google Classroomはコメントに画像を貼り込めないため、こちらからは基本的に文字ベースで確認事項や手順を伝えるほかない。学生からは、場合によって課題添付の形でスクーリーンショットを送ってくれることもあるので、それを頼りに問題を把握して返答することもある。

問題所在を確認するために、使用しているデバイスは何かといった初歩的な確認から始まり、視聴した動画の何本目の、何分何秒あたりが説明と実際とで異なるのかを確認するなど、遠隔サポートのノウハウを駆使しながらやりとりは続いていく。

確かに対面による授業の方が、直接画面や状況を把握して、問題解決のためのアドバイスを提示しやすい。しかし、今回の遠隔による演習授業の試みを通して、こちらからは動画による実演提示でマルチプラットフォームに対応した丁寧な解説が届けられ、対する受講生は自分の馴染みのデバイスを利用して、実際の操作を練習したり、アドバイスを得るにしてもトラブルを自己解決しなければならないという状況に直面することで、かなり積極的な授業(アクティブとまでは言わないが…)を展開できているのではないかと思われる。

ただし、どうしても学習課題の設定時には環境制約が伴うため、課題目標を低めに設定しなければならないことも起こる。「トラブルを自己解決する経験」は聞こえはよさそうであるが、そもそも解決できないトラブルが起こらない程度にはハードルを低くする必要もある。

遠隔授業準備は、やはり授業や課題の内容吟味も大事になってくる。

収録環境

作業をする研究室が、必ずしも静粛な環境ではなく音声収録に向いていない。

映像や音声のメディアを利用する場合、やはり音響部分の聴取品質が高くないと、満足感も高まらないし、逆に視聴している際の疲労感が高まってしまう。オンライン授業やビデオ会議が疲れる一因には、音の良し悪しが少なからず関係しているとも考えられる。

そのためオーディオ関連は、これまでもマイクの種類を変えたり、音質調整するソフトウェアを変えたりといろいろ工夫を重ねてきた。

マイクに関しては、一般的に「コンデンサ」型マイクが集音感度に優れているとして勧められることが多く、そのような事例報告が多いことも手伝って、USB接続できるコンデンサ・マイクが選ばれやすい。しかし、もともとの収録環境が静けさを確保できない場所である場合、感度の良いコンデンサ・マイクよりも、感度の低い「ダイナミック」型マイクを利用した方が都合が良いこともある。

利用するシチュエーションに応じて適したマイクを選択していくことになるが、その際、USB接続タイプのマイクでなければ、オーディオインターフェイスと呼ばれる周辺機器を併せて購入しなければならない。このオーディオインターフェイスも、本来であれば使用するマイクに必要なパワーや仕様を持っているかどうかを確認する必要があり、安価なものを一つ買えば済むといった簡単な話にはなっていない。問題なく使えても、音質を良くする観点からパワー不足である可能性は少なくない。

私が導入したShure SM7Bは、ダイナミック・マイクの中でも最も集音感度が低いマイクとして知られている。そのおかげで余計な環境ノイズ等を拾わないメリットはあるが、パワーのないオーディオインターフェイスと組み合わせると、本来収録したい音声も小さく集音されてしまう。入力つまみを最大限に上げても小さいわけだが、このつまみを最大限に上げていることが機器からのノイズを大きくしてしまう別の問題を生む。ダイナミック・マイクを使用する場合、パワーに余裕のないオーディオインターフェイスは気をつけなければならない。

なお、映像収録に関しては、固定カメラを用意することと画面映像を収録できるように機材設定している以外に特別な配慮はしていない。強いて書くなら撮影用ライトが確保してある。

クロマキー処理をして、合成による映像づくりが行えるように道具立てはしているものの、実際に運用するには面倒が多そうなので、現時点では活用していない。グリーンバックを背に画造りをしても楽しそうだが、普段の研究室を背景にしても(散らかっている恥ずかしさを除けば)特段困らない。

新型コロナ禍による遠隔授業提供の試みより以前から、音声収録やネット配信等の試みを続けてきた経緯もあり、こうした細々としたこだわりのようなものが積み重なって、現在のような裏舞台が出来上がっている。(機材も手持ちのものを新旧組み合わせている。)

ただ、結局は「授業」や目的の活動になるべく取り組みやすい環境・条件を作りたいということを目指して来たのであり、継続的に目的の活動が行えるよう利用環境をシンプルに維持することが大事だ。

収録がパッと取り組めて、結果をザクッと放り込んで、提供する側も視聴する側もある程度の予測が可能なルーチンに基づいて進行させながら、その中に面白みを割り込ませるような構造。奇をてらったものは何もないが、持続的に取り組めることを重視すると、そうした方が内容吟味の方にエネルギーを割ける。

おかげで毎回の準備において機材や収録環境で手を煩わされることは滅多にない。毎回の授業で扱う内容に関連する準備に手こずることはあっても、これは純粋に授業内容準備であるから省きようがない。

こうした調子で、遠隔授業に取り組んでいる真っ最中である。

不安からの脱却

2020年5月25日に緊急事態宣言が全面解除されました。

すでに文部科学省からは学校再開に関わる通知やマニュアルが出されています。

感染症対策の「学校の新しい生活様式」をしつつ,児童生徒の「学びの保障」を行なうことが求められています。

社会一般でも「ニューノーマル」という言葉が時折取りざたされて,新しい常態,つまりは今後の日常生活・社会活動の常態になる新しい様式とは何かを議論することが増えています。

これまでも「働き方改革」と言い続けながらも大して変わらなかった労働形態も,「在宅勤務を標準とする」といった企業(日立など)が出てきたり,今回の新型コロナウイルスの事態に関わって大きな転換も起っています。

しかし,学校再開とは,慣れたあの日々の再開。

感染症対策の要求水準が高いという点は特別な事態ではあるけれども,マニュアルに従って最善の努力を続けることが学校の責務なのだという考え方は全国的に根強いと思います。

平成29年改訂の学習指導要領が主張していた新しいスローガンも,休校によって進行に遅れが出たおかげで,その遅れの取り戻しを優先することで,閑却できる余地も生まれました。

この不安な事態からの脱却のために,少しでも早く,あの日々を取り戻して子どもたちに平安を届けたい。多くの学校関係者が感じていることだと思います。

不易流行の「不易」を担っているのが学校教育だと,そう信じる先生方は少なくないのです。

一方で,新型コロナウイルス感染という危機的事態に直面し,私たちの社会の旧さや脆さが改めて表面化したことに憂いを感ずる人たちも多いです。

その憂いの大きさは,文部科学省がすすめるGIGAスクール構想の担当課長さんをしてYouTubeで強いメッセージを語らせるまでに至っているとも,受け止められています。

こんなことはいままでなかった…と。

21世紀に入って来年で早20年。

パソコンブームが起り,マルチメディアを垣間見て,IT講習に駆り出され,ネットバブルに沸き散って,ケータイ・スマホで繋がりあい,4K動画でネコを投稿する,目まぐるしいIT/ICT社会の変遷を辿ってきたにも関わらず,国民の銀行口座に10万円を振り込むこともままならない事態が依然起る日本。

こんなチグハグな状態を,これからも常態化させたままでいいのか。

突如として始まった臨時休校とその後の長期休校で,あれほど不易の強みを誇っていた学校教育が,実は何の備えも進歩もしていなかったということが明るみに出たことも,保護者たちにこういう感情を抱かせることとなりました。

旧態依然の学校教育を常態化させたままでいいのか。

学校教育関係者は,そんな保護者や社会の不安を知りませんし,むしろ望まれているのは学習の遅れを取り戻すための「学びの保障」だと確信している。

奇をてらった新機軸を打ち出すものは,学習指導要領改訂にしろ,9月入学にしろ,単に不安を呼び起こすものに過ぎない。長期に危機にさらされ,今後も不安を抱えた分散登校の日常を送る児童生徒および教職員にとって,不安の回避とそこからの脱却こそ,いま必要なものだ…と考えている学校教育関係者がいたとしたら,私たちは何と返すべきでしょうか。

さて,これを書いている私はどっち側の人間?と思われる方もいるかも知れません。結局,変わらない方がいいの?変わった方がいいの?と。

おそらく私は,こういう「構図になっていること」自体に違和感を感じて,こうした文章を書いているように思います。

前回のブログ記事に書いたように,私は「先生たち自身が学習できる職場として」学校が転換することを望んでいます。つまりは,変わった方がいいということでもあります。

ただ,このことは,仮に個々の学校教育関係者がどんな主張や考え方に立っていたとしても,それらを互いに議論の俎上に乗せて学び合うというコンセンサスにもとづいて共生することをイメージしています。

児童生徒学生の学習が阻害されないということはもちろんのこと,教職員自身の学習あるいは研究が阻害されないという前提に立てば,何がダメとか,何は出来ないとかいうことを越えて,どうしたら良くなり,どうしたら出来るのかを考えることに繋げていかざるを得なくなります。

首長も教育長も,首長部局も教育委員会も,そして校長や教職員が,そういうマインドを持つことが大事で,実際,そういうマインドを持つ人が多いところは,わざわざ制度化やルール化しなくてもそうなっている例が見られます。

消極的な不安からの脱却ではなく,学習によって積極的に不安から脱却する,むしろ不安からの脱却を楽しむといった場になることが,いま必要なのではないかと思うのです。

教職は単なるコンテンツ・デリバリー業ではない

コロナ禍がもたらした社会活動のブロッキングによって,私たちは日頃の活動のいろんな側面をメタ的に見る機会を得た。

学校と学校教育も,前提や前例を踏襲し得ない事態によって,現場で混乱をきたしているだけでなく,家庭にとっては学校の役割を再認識する機会になったであろうし,先生方にとっては学校が児童生徒が通学してくれるという極当たり前のことで成立していた場なのだと,その有り難さを感じる機会となった。

緊急事態宣言は依然継続中であるけれども,地域の実情に応じて段階的な学校再開の目処をつけられるようになってきたことで,喧しいのは,お休みした分をどう取り戻すのかといった話だ。

年度末の終わりを待たずに始まってしまった臨時休校とその後の長い休校措置によって,新年度から始まるはずの事柄がストップした状態に陥り,その意味で学校教育活動の開始が後ろへとズレ続けている。

想定していたスケジュールに照らせば「遅れている」ことになるし,前代未聞の事態への対応が地域や学校ごとに異なることでの「格差」なるものが生まれているとも指摘されている。

事態を直観的に懸念した先生達がとった行動は,授業が行なえない代わりを至急用意することであり,たとえば,家庭で学習するための学習プリントを一生懸命作成・準備する作業だった。

また「学びを止めるな」を合言葉に様々な学習コンテンツを提供するサイトやサービスのリンクが集められ,経済産業省「#学びを止めない未来の教室」であるとか,文部科学省「子供の学び応援サイト」が立ち上がるといった動きに至って,現在も様々なコンテンツが紹介されている。

いまも学校再開時期をにらみながら,授業時数をどのように確保するのか,全国の先生達が学年暦とにらめっこしながら悩んでいるだろう。

この緊急事態時に出された様々な特例的措置が,ほぼすべて時限的な扱いで,通常措置の規定になんら変更がないことを考えれば,再開時期と授業実施がズレにズレるほど,学びは「遅れている」と見なされ,「格差が生じている」と言われることが明らか。

日本の学校関係者の習性として,外部批判を回避し,事無きを優先して,既定路線に従順であることを良しとするところからして,とにかく「挽回する」ことを第一使命にしてしまう様相は,理解できないわけではない。

けれども,この機にいま一度,教育とは何か,学習とは何かを考えてみる必要はないのだろうか。

想定外の事態に直面して,すっかり吹っ飛んでしまったかも知れないが,小学校においては今年度から「平成29年改訂 学習指導要領」にもとづく学校教育が本格開始するタイミングであった。

つまり,私たちは,どんな教育を目指そうとしていたのか,どんな学習を誘おうとしていたのか,そういう問いをもう一度この状況下で思い出して,考え直してみる必要がある。

平成29年改訂の学習指導要領は,教育内容から資質・能力へと力のベクトルを向けて転換を図ろうとしたものだ。

「コンテンツ(教育内容)からコンピテンシー(資質・能力)へ」に関しては,以前のブログ記事でも奈須先生の文献をもとに紹介していた。

教員は,教育内容を伝達する配達業という側面が確かにある。

どんなに知識がそこかしこに存在していたとしても,それを教育内容として包んで届ける行為が伴わなければ,容易には学びに結びつかない。とりわけ年齢が若ければ若いほど,そのような教育内容の配達は重要になる。

けれども,従来の知識伝達は,学習者があんぐりと口を開けて待っているかのような想定で,口元にア〜ンしてあげるところまでお膳立てすることが知識の伝達かのように捉えらてきた。

しかし,私たちが望んでいる学習者像は,そうやって口元にやって来る知識を美味しく頬張り存分に吸収するような存在だろうか。

私たちが望んでいるのは「能動的学習者」ではなかったか。

そのような学習者を育成するために,教員は単なるコンテンツ・デリバリーを続けているわけにはいかない。いつまでも口元にア〜ンしてあげるような仕事を続けるわけにはいかない。

自分自身でフャークやナイフ,箸や蓮華を駆使して,美味しい知識を食していくことも身につけていかなくてはならない。そのための能力が,言語能力や情報活用能力,問題発見と解決能力であるなら,それを育まなくてはならない。

資質・能力(コンピテンシー)への方向は,こういうことだったはずである。

平時なら傾聴に値するかも知れないが,この緊急時に言われてもねぇ…なるほど,そんな受け留めをされるのかも知れない。

平時にも見過ごされてきた格差が,この緊急事態にさらに拡大されてしまう問題を考えると,まずは従前からの知識学力を優先して考えるという方策は,確かに選択肢として重要に思う。

ただ,問題にすべき格差は,単に学習進度や習得の多少を基準に比較するようなものの話であろうか。

結局,それとて,緊急事態が緩和され,学校が以前に近く再開された時に,学校教育を縛っているものが何一つ変わらない現実に対して,単にお口をあんぐり開けて並ぼうとしているだけではないのか。

教職は,もはや単なるコンテンツ・デリバリー業ではない。どのような事態に対しても能動的に関わるコンピテンシーを養うこともセットに届けていかなくてはならない。そのようなコンテクスト・デザイナーとしての生業を模索していくべきだろう。

私たちを悩ませるコロナ禍が,やがて日常に埋没し始めた時,日本の学校教育の日常的メンタリティが従前と比べて劇的に変化しているとは,正直なところ予想できない。

混乱に乗じて増大していくのは,既得優位性であることが多い。それが誰にとって都合がよいのかが複雑になっている分,私たちもその恩恵にあずかれることがあるのだろうが,その裏側にはそうでない人たちもいる。

教職は,この機にどうあるべきなのか。コンテンツのみならずコンテクストをも縦横無尽に動かして考えていく必要があると思う。

JSET全国大会の試行的オンライン化

2020年2月29日-3月1日に長野県・信州大学教育学部で日本教育工学会(JSET)の春季全国大会が開催される予定でした。

しかし,新型コロナ肺炎の感染拡大防止の社会的な動きに対応するため,現地での全国大会開催は中止。予定されていた発表は「されたもの」として扱うことが決定されました。

その上で,この機を捉えて試行的にオンラインで開催することが提案され,学会側の柔軟な承認と開催校の手腕によって短時間のうちに条件が整えられていきました。こうして緊急事態に直面したピンチをチャンスに変えて,JSET全国大会が試行的にオンライン化されることになったのです。

その裏舞台紹介に関しては開催校からすでに情報発信されています。

「学会全国大会のオンラインでの試行開催の運用メモ」日本教育工学会2020年度春季大会実行委員会(信州大学)
https://cril-shinshu-u.info/archives/1473

私自身は,いろんな事情から事前申込ができずにいて,開催される場合でも居住地・徳島と開催地・長野という遠距離を移動して参加すべきか悩んでいる状態でした。そこへオンラインで開催するニュースが届き,さっそくオンライン学会のための参加申込の手続きをしたわけです。

参加者側から

新たな設けられたオンライン開催(試行)への申込受付は,前日(2/28)までを締切として特別に用意されたものです。

段取りは通常の事前申込と同じで,Web上の申込が済むと2通のメールが届きます。一つは「申し込み確認メール」,もう一つが「決済完了通知メール」です。そして「決済完了通知メール」に参加者向けの学会WebページURLが掲載されています。講演論文集PDFもそのページからダウンロードできます。

上記の開催校の裏舞台紹介でも書かれているように「オンライン開催向け情報」は別途Webページが用意されることとなり,ビデオ会議システムZoomを利用したオンラインの学会会場の情報は,基本的に別途用意された側を参照することになりました。

付加的に急きょ準備されたため,当然のことながらWeb導線が煩雑になってしまうのは仕方ないことでした。

たとえば,今回のオンラインに参加する/しない発表者の情報はPDFにまとめられましたが,そのPDFは現地開催向けのWebページにリンクが用意され,オンライン開催向けWebページに進んでしまうと見落としがちでした。
また,会議室へのURLを掲載したPDFは,上のPDFとは別途用意されたため,多少混乱することもありました。くわえて別途Webページ版も用意するなど,間口を広げる配慮が,うまく機能する場面もあったし,逆に迷いを誘う結果ももたらしていたところはあったと思います。

Zoom会議室への参加は,Zoomアプリのインストールに成功し,少しばかり操作等を覚えれば,視聴する分には問題はなかったのではないかと思います。それぞれのセッション進行も,事前の説明資料も用意されたり,事務局側が段取りイメージを固めていたこともあって,ほぼ問題がなかったと思います。このあたりは短時間にも関わらず,いろんな想定をして準備を整えた信州大学の皆さんの功績です。

質疑は「手を挙げる」機能を利用することで発言の意思表示を行なって,司会者から指名を受けてからマイクをONにして発言する流れでした。

当初私は,初代iPad ProからZoomに参加していましたが,このiPad版だと,質疑応答に少々問題が発生していました。

iPad版Zoomアプリは,チャットと参加者一覧を画面内の脇に常時表示できない(画面中央を陣取ってしまう)問題があるのと,「手を挙げる」ボタンが参加者一覧と別メニューに用意されている問題(パソコン版は参加者一覧に統合されている)がありました。

そのため,質疑応答の際に,参加者一覧を表示して他の参加者の「手を挙げる」様子を眺めつつ手を挙げることが難しく。タイミングを逃すことや,手を降ろし忘れるといったことも起りがちでした。

その上,初代iPad Proのパワー不足か,それともiPad版全般の問題なのか,ビデオ会議の通信がたまに目詰まりのように止まってしまうことも起っていました。調子が良い範囲なら快適ですが,この目詰まりが質疑応答のタイミングでやってくると相手の発言を取りこぼしてしまうこともありました。(1日目は途中からMacを併用し,2日目はMacを使いました。)

会議室の切り替えは,会議室URLを選択すれば,退室確認アラートに答えることで簡単に切り替えができます。

ただし,オンラインでの入室退室はすべて把握されているので,誰かが入退室するたびにそのことが通知されますし,参加者一覧で誰が参加しているのかも把握できる状態にあります。この辺が,対面型の学会と違うため,ちょっと覗くとか,部屋の外から聞くような距離感での参加は気持ち難しくなります。

もっとも,参加者と座長以外は基本的にビデオOFF,マイクOFFで参加しており,表示される名前に関して特に設定ルールがなかったので,偽名を使ってずっと視聴する形の参加も可能だったといえば可能です。

一方,対面型の学会ならば,挨拶もせず,話をしていなくても,参加している姿を見かけるだけで生存確認や近況を拝察するといった意識掛けができますが,オンライン学会の場合,相手が完全に気配を消してしまうと認識できる可能性はゼロになります。仮に名前を発見しても,相手が発信行為をしていなければ様子を伺い知ることはほとんど無理です。

今回は懇親会もオンラインで開催するという試みが行なわれ,司会をしてくださった先生のおかげで,いろんな方の声や様子を聞くことができたのは良かったと思います。しかし,これが恒常的に行なわれるかどうかは,工夫をしないと難しいかも知れません。

シンポジウムはZoomからYouTubeライブへ配信する形で公開されました。

質問などはZoom側のチャットから拾うことになりましたが,実際のところ視聴者の書込みが賑やかだったのはYouTube側のチャットでした。ただし,YouTubeへの配信は30〜40秒程度遅れるため,チャットのタイミングも少し遅れてしまうことになります。それもあってZoomチャットからの質問受付けになったのだろうと思います。ただ,Zoom側のチャットは発表者や参加者に書込みが通知されるという特徴もあってか,書き込むのを遠慮している感じでした。

視聴者側のバックチャンネルのことまで開催側が配慮するのは変な話ですが,現実の場を共有していない分だけ,参加者からのちょっとしたアクションを上手に集めて進行に反映させる工夫が必要なのかも知れません。それでいて,ある程度自由というか開放感が伴っていないと視聴者からのアクションが生まれないという難しさも課題です。

JSET全国大会のオンライン開催(試行)は,シンポジウムの成功によって無事に幕を閉じました。短時間の準備にも関わらず,この結果は開催側にとって大成功だといって差し支えないと思います。

さて,残るは参加者側の問題ということになります。

今回の試行は有志による参加が中心であり,それなりに知識・経験を前提できたことと,不参加だった発表者の部分が時間的空白になったおかげで,参加者に時間的余裕があってことが成功に寄与していたと思います。

しかし,オンライン学会を本来のスケジュールで本格実施すると,同時進行している発表会議室間のタイミング合わせは今回よりもっとシビアになるし,画面を切り替えるだけとはいえ,その操作は慌ただしいものとなります。今後はトラブルが発生した場合に復帰作業をする余裕を確保する必要があるかも知れません。

一方で参加側の視聴スタイルは柔軟になります。従来も発表を聞きながら自分の発表準備等を内職するといった行為はあったわけですが,オンラインになると飲食しながら視聴が可能になりますし,複数端末を使って複数の会議室を同時視聴することも可能になります。良いことなのか悪いことなのかは,正直なところわかりません。

また今後,オンライン学会に移行した場合,会期日の予定をそのために確保することをしなくなる人もたくさん現れると思います。自分の身体を開催地に縛りつける必要がなくなれば,そのために貴重な時間を確保するといった判断が難しくなる人もいると思います。自分の発表部分だけ参加し,あとは別の予定を入れてしまうことも可能ですから,学会員としての共同意識が薄れてしまうといった懸念も起り得ます。

もちろん,すべてをオンラインにするのではなく,オフライン学会もしっかりと開催しつつ,その一部をオンラインにするとか,別に小規模のオンライン学会を開催するといった形など,いろいろな手法を組み合わせればよいことだと思います。その辺の全体像をどうするかはこれからいろいろ試していけばいいのではないかと思います。

というわけで,長らく願っていた学会のオンライン開催が,多くの方々の参加のもとに実現したことは,とても嬉しい出来事。今回の経験が,次につながることを期待したいと思います。

あらためて,今回のオンライン開催に尽力された開催校の皆様と学会事務局の皆様に感謝しつつ,そのご苦労を労いたいと思います。