20200816 最近のHow People Learn

時間が経つのは速いものだと分かってはいるものの,気付くとあれから数年経っていたということは珍しくなくなってします。歳をとったせいですね。

学習科学の分野ではよく知られた “How People Learn“(HPL I, 邦訳『授業を変える』北大路書房)は原著が2000年に,邦訳も2002年には刊行されました。

以前の検索活動で,この新しい版であるHow People Learn II(HPL II)が取り組まれているという情報を見かけたように思ったのですが,そういえばどうなったっけと再度検索してみたところ,すでに出版済み。

この数年,『学習科学ハンドブック 第二版』邦訳の第1巻第2巻第3巻と,そのガイドブックともいえる『主体的・対話的で深い学びに導く 学習科学ガイドブック』が立て続けに刊行され,学習指導要領改訂における「メタ認知」等の知見導入もあって注目が高まっていたところです。

おそらくこうした動きに敏感な人々は,とっくの昔にHPL IIの刊行も察知して議論していただろうに,うかつな私は知らずじまい。

HPL IIの中身を覗くと,HPL Iの成果を再度検討した上で,20年分の新しい研究知見によってアップデートを試みたようです。これはこれでなかなか興味深い。

上記のリンクからFree Downloadできるので,普段から斜め読みできるようにiPadにでも入れておきたいところ。

2018年には公開されていたわけなので,HPL Iの邦訳出版タイミングを振り返ると,あるいはそろそろHPL II邦訳の声が聞こえてくる感じかも知れません。

学習科学にしても,インストラクショナルデザインにしても,これまでは学術現場における新しめの知見程度にしか思われていなかったものが,日本の教育の現場にいよいよ降りていかなくてはならない時期が来たようにも思えます。

いま,新型コロナウェルスの影響で混乱のさなかにあるため,とても新しいものを受け止めたり,取り入れたりする余裕はないという風に学校や先生達はなっているかも知れません。

ただ,一方で,何か新たに立て直す必要があるという問題意識が,稀に見る広範囲の人々を巻き込んで共有されていることも確かです。

生まれた混乱によって,今のところ,あまりにも先へ突っ走った人々と,逆にいろんな困難を抱えさせられた人々というように,立場や場所によって乖離や分断のようなものが起っています。

それは本当に大変なことで,まずはそのことに向かい合わなければならないのですが,けれども,それを経て,私たちが向かうべきものは,この時代に相応しい新しい何かを立て直すというか,打ち立てていくというか,そういうことに向かって学び合える世界なんじゃないかとは思います。

新しい道具も,そういうことに役立てられればよいなと思うのです。

20200815 最近のホライズンレポート

関わらせていただいた翻訳本の再校チェックをしていました。

すでにAmazonで予約が始まっていたりするのにビックリしますが,少しでも良いものをお届けするために最終チェックをしてました。

こうした作業のついでに調べものが脱線し,新しい洋書に目移りしたり,好奇心が導くままに今関係ないことを深掘りしたり。時間はいくらあっても足りません。そのわりにのんびり屋の私です。

ふと「ホライズンレポート(Horizon Report)」はどうなっているのだろうと思いつき,最新版がないかどうか検索しました。2020年版がありました。

ホライズンレポートは毎年,主に高等教育におけるテクノロジーのトレンドを予測する報告書を公開しているもので,短期・中期・長期的なスパンで教育とテクノロジの動向を示してきました。

ところが2020年のレポートを覗くとこれまでと様子が違う。

5つほど大きな傾向(トレンド)を示してから、注目されているテクノロジを取り上げる形になり、今後10年内に起こりうるシナリオを4タイプで示すようなつくりになっていました。

そして,高等教育版とともに作成されていたK-12版が見当たらない。

さらに掘っていくと,もともとホライズンレポートを手掛けていたNew Media Consortium(NMC)という組織が2017年に業務終了していたとのこと。その際に、ホライズンレポート含めた権利をEDUCAUSEという団体に譲渡していたのだそうです。

EDUCAUSEは高等教育のための非営利団体で,これまでNMCとともにホライズンレポートを共同作成していた経緯があったので,NMC終了後もホライズンレポートを作成し続けることになったようです。しかし,残念ながらK-12については2017年版を最後に出していないようです。

2020年版のタイトルがHigher Education Editionの代わりにTeaching and Learning Editionとなったのは,もうあえて言わなくても高等教育しかないことが浸透したという意味なのかもしれませんが,あるいは高等教育とK-12の区別なく大きなトレンドがやってきていることを意味しているのかもしれません。

ちなみに2020年版は3月に公表されたのですが,タイミング的にCOVID-19の影響については触れられていないという感じです。来年のホライズンレポートがどうなるのか,大変興味深いです。

20200808 今日の眺めた書物

先月は出張月間で,ほとんど更新できませんでした。

その代わり,久し振りに都心の書店に寄ることができたので,買いすぎに注意をしながら書籍を物色。

このところ,某国トップの傍若無人振りやそれなりの立場にある人々の不可思議な言動が目立ったことが影響してか,心理学系の新刊は,知性と行動の関係とか認知バイアスなどをテーマにした書籍が多く並んでいるように感じられました。

「バカ」の研究』(亜紀書房)は,一見するとふざけたエンタメ系の一般書かと思えますが,なにやらフランスで大まじめに刊行された書物の翻訳本。いろんな専門家によって執筆されたオムニバス構成です。

最初の方の「知性が高いバカ」という論考では「知性」について,「アルゴリズム的知性」と「合理的知性」の2種類があるという説を紹介しています。

「アルゴリズム的知性」が,物事の意味を理解して論理的に思考することができる力で,「合理的知性」の方が,現実の状況を考慮しながら目標実現のため意思決定できる力だとされます。
(実際には,この説を唱えているキース・スタノヴィッチ氏(トロント大学名誉教授)は前者を「タイプ1処理」「手段的合理性」,後者を「タイプ2処理」とか「認識的合理性」「分析的処理」という言葉を使って合理性の研究として議論しているようです。)

だとすれば,知性の高い人が「バカ」なことをするのはちっとも矛盾することじゃない…というわけです。

また,この本には,ハワード・ガードナー氏がインタビューに答える形で参加していました。私が購入したのも,ガードナー氏の部分が気になったからでした。

私たちが発達心理学者ハワード・ガードナー氏について知っているのは,『認知革命』とか『MI:個性を生かす多重知能の理論』などの書籍で,能に関する多重知能/多元知能理論であったりします。というか,そこで止まっています。

インタビューは,インターネットの影響に関するもので,多重知能にとってどうなのかという質問に対する応答もあります。ガードナー的には総合的にはデジタルメディアは多重知能にとって有益だと考えているようですが,とはいえ人間の脳というのは長い年月で進化するものだから,ここ数十年のテクノロジーの進歩にすぐ順応するようなことはなく,「デジタル脳」という考え方にも同意はしないといったことも述べています。

実のところ,このインタビューはガートナー氏が「三つの美徳」と呼んでいるものをインターネットのせいで人は失いつつあるという悲観から始まっていて手厳しい見解。(三つの美徳は本でご確認ください)

確かにこの本で検討されているいろんなかたちの「バカ」がインターネットを介して拡散されるような状況では,それに対してこちらが余程見通しのよさをもって接しないと,呑み込まれてしまうリスクが高いということかも知れません。

インテリジェンス・トラップ』(日本経済新聞出版)にもアプローチは違いつつ重複する情報は多いけれど「知性のワナ」に対することがいろいろ書かれており,同じく興味深い。

私自身も知識やインターネットなどにどっぷりつかって25年くらいにはなるので,バイアスやらトラップやら,引っかかるものには引っかかり続けているだろうわけなので,できるだけ自戒的に思考しようとは努力している。

ただ,そうはいっても,どこまでも自分のことだから,いわゆる「知性の死角」というものから逃れられるわけもない。だから他者と相互批判的だったり,互恵的である必要があるのかなとも思う。