[memo]教育とICT界隈の素朴概念

 私たちは経験や過去の出来事を通して物事の理解をすることがありますが,そのよう日常的な経験から育んだ考え方を「素朴概念」という風に呼びます。素朴概念は日常の中では通用しているようにみえても,よくよく全体を学んでみると誤解を含んでいた可能性があるというものです。

 教育とICTの界隈で,「そうとも言えるけど実はそうでないこともある」「いま起こっていることの一因はこんなことでもあった」「かつてはそうだったけれども,今はそうではなくなっている」というような事柄をメモっておこうと思います。

授業でのICT活用 → 理解が深まる授業 [× 授業ICT活用 → 学力向上]

ICTを介した他者への依存/他者からの承認の欲求の顕著化 [× ICT依存]

 

因:教員にICT機器を使い倒させて善し悪しを確かめさせていない 果:教員がICT活用に不安で消極的

因:モバイル端末による学習を提供できていない 果:モバイル端末はゲームにばかり使われる

 

今:ソフトウェアによるネットワーク構成の切り替え  旧:物理的なネットワーク配線による構成

 

コスト[学習コンテンツへのアクセス促進 > 有害サイトのフィルタリング対策]

信頼性[クラウドサーバーの保守とデータ保管 > 自前サーバーの管理とデータ保管]

漏えい対策のしやすさ[クラウドストレージ > USBメモリ]

Windows 10がもたらす転換

 教育とICTに関わる以上,市場に投入される製品と無関係ではいられません。

 これまで私たちは「コンピュータ」を一つの箱に入った汎用電子機器として扱う時代を過ごしていました。当初はフロアを占めるほどの大規模なシステムだったものが,電子工学の進歩とともに小型化が進み,いまやスマートフォンとして手のひらの上に乗るようになりました。

 そういった「箱の中のコンピュータ」という捉え方を軸にしていた時代には,基本ソフトと呼ばれるソフトウェアが大きな関心事だったこともよく知られたことです。オペレーティングシステム(OS)とも呼ばれている基本ソフトとして,「UNUX/LINUX」「Windows」「Mac OS X」「iOS」「Android」といったものが知られていますが,実はその他にも多くの種類が存在し,必要に応じて様々な場所で使われてきたのでした。

 学校のパソコン教室や普通教室へのコンピュータ導入の際,この基本ソフトの選択は,一般的には市場占有率の高い「Windows」を選ぶことが多くありました。それだけ利用率が高いため,多くの業者も対応方法やノウハウを保有していることも理由です。それでも実際には,バージョンアップという改変が何度かあり,新しい機能や知識を学ばなければならないという手間はあったわけです。これに対抗する位置にあったのは「Mac OS X」ですが,近年認知度は高まってはいるものの,市場占有率や学校導入率は小さいのが実状です。

 その後,スマートフォンやタブレットといったモバイル端末の市場を切り拓いた「iOS」(iPadの基本ソフト)が注目を集め,一気に市場を席巻しました。その後は対抗品である「Android」が躍進したため,市場における勢力関係は拮抗しているといったところです。パソコン用基本ソフトである「Windows」や「Mac OS X」は外野から連携を強めようとしてきたわけです。

 要するに,私たちがパソコンやモバイル端末を扱う際には,「基本ソフト」が何かを気にしなければならない世界が広がっているということです。

 ところで,すでにコンピュータは日常生活で使う道具の中に埋め込まれ,それらがつながるようになってきています。パソコンとモバイル端末もインターネットのサービスを利用するために改変され,Webサイトが閲覧できる機能さえ最低限備えていれば,情報活用作業の多くができるようになっています。これは基本ソフトやそれに対応するソフト/アプリは重要でなくなってきたことを意味しています。インターネット上のサービスがそれを代替するからです。

 インターネットのやWeb技術こそが新しい時代の「基本ソフト」であって,それを基本ソフトとは呼ばず「クラウド基盤」と呼ぼうというわけです。

 一つ一つの具体的な機器や端末を動かす部分には依然として基本ソフトが存在しますが,それはクラウド基盤に接続するための条件でしかないというわけです。

 こうした流れが「iOS」や「Android」の普及を後押しし,「Windows」の勢いを衰退させ,「Mac OS X」などにも注目を向けさせる状況を作り出したのです。私たちが使いたいのはインターネットのサービスなのだから,それに都合のよい機器と基本ソフトであれば何でもよくなったわけです。

 しかし,現実はそれほどうまくいきません。まだ途上であるということもありますが,インターネットに接続してWebを閲覧できるといっても,個別の機器やソフトの性能や癖の違いによって,同じサービスを同じように享受できないことも多々あります。対応機種やソフト,あるいはバージョンが限られるといった形で制限を受けます。

 ここに「基本ソフト」を統一する余地が残っているというわけです。

 何か一つの基本ソフトが占有する状態にすれば細かな違いを気にする必要はない。そして今まではバージョンアップという改変によって新旧の差が生まれていたものを,これからはインターネット経由で無料で自動的にバージョンアップし,みんなが快適にサービスを利用できる状態を維持した上で,サービス利用料でビジネスをしようという考えが主流になりつつあります。

 それを実現しようとしているのが「Windows 10」という新しい基本ソフトであり,それは「クラウド基盤で動くサービスを利用するための基本ソフト」として再定義されました。

 いままでの定義「箱の中のコンピュータを利用するための基本ソフト」からの転換です。

 「Windows 10」はパソコンだけでなく,スマートフォントタブレットなどのモバイル端末にも共通に開発されています。そこで同じアプリを共通して動かすことができるとされています。今まで以上に機器の連携はスムーズになるのが特徴です。それらはすべてインターネットを経由して有機的につながるわけです。

 これはコンピュータとネットワークの技術が生み出す一つの理想像ではあります。

 Microsoft社はさらに会議のコラボレーションが促進することを目指した新時代のホワイトボードともいえるSurface Hubという機器を発表したり,専用のヘッドセットをつけることで見ている空間に3Dホログラフィックを合成して操作できるデバイスを発表しました。これらすべてがWindows 10で制御されることになります。

 通信さえできればあらゆるところでインターネットが利用できるのと同じように,あらゆるものでWindows 10という基本ソフトを利用できるようにする世界。そういうことが起こりつつあります。

 あらゆるものがつながり制御できる利便性を認めつつも,私自身はそのような地続き的なサイバー世界にどちらかといえば不安を抱きます。たとえばウイルスソフトもあらゆる機器に届くという事態になって被害が出る時の規模も桁違いかも知れません。

 インターネットで接続されている部分に限定しても,私たちは十分に制御できているとはいえません。いまは少なからず分断があるからこそ,かろうじて余裕を確保しているような気さえするのです。

 もしWindows 10が率先して描くような世界がますます現実化した時,私たちはどのように地続き的なサイバー世界と向き合えばよいのでしょうか。

 今回のWindows 10の発表は,近年衰退していたMicrosoft社がいよいよ反転攻勢に出たというビジネスストーリー的な面白さや,技術的なチャレンジといった興奮をもたらすニュースではあるですが,一方で,いよいよ未知の世界へと足を踏み入れる時期がやってきたことを告げるものでもあり,個人的には不安を感じたニュースでした。

 そもそもこれから学校にパソコンを導入する時,こうしたネットワーク中心の発想に転換した機器に対応できるだけの準備が教育委員会や関係者にあるかどうか,そういうところからして心配になっています。

20150116 大阪市むくのき学園公開授業研究協議会

 2015年が始まって,1月下旬に入りました。20日間ほどに公私いろんな出来事があって,数ヶ月経過したような感覚さえ覚えています。それだけ賑やかな年になりそうだということでしょうか。静かに文献資料整理しようとしていた一年の計は,早速危うくなっています。

 今年の出張は,大阪市・学校教育ICT活用事業の公開授業参観からスタートでした。モデル校に置かれるコーディネーターとして小中一貫校・むくのき学園を担当しています。といってもお伺いする回数も限られたので,なかなかお役には立てていませんでしたが,断片的ながらもこの一年間の変化を見守らせていただきました。

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 小中一貫校になると同時に様々な取り組みをスタートさせたものですから,子供達も先生方も大変じゃないかなぁと心配や不安で関わりはじめたのですが,ほとんど杞憂に終わりました。もちろん子供達も先生方も一所懸命で日々ご苦労も絶えないと思いますが,ICT活用の関しては常駐支援員さんの助けも大いに借りながら順調に進めてこれたようです。

 この日の公開授業も,見た目の場面に目新しさがあるというわけではないのですが,子供達にしても先生達にしてもICT機器に対する姿勢が少しずつ成長してきた成果が裏側に見えて,いよいよこれから本格的な試行錯誤にも乗り出せそうな感じです。

 この日の講評は,学校教育ICT活用事業の全体アドバイザーである先生方がお越しになったこともあり,土台のお話はその方々にお任せをして,私はむくのき学園の一年間の成長と教育とICTの関係について俯瞰的な視野からのお話をしました。

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 さて,実は当日,こんな発表とニュースがありました。

【お詫び】「大阪市学校教育ICT活用事業タブレット端末等機器長期借入(リース)契約」にかかる入札を中止します」大阪市教育委員会(9:40発表)

[ネットニュース記事]

職員が特定業者に情報漏洩 大阪市教委、タブレット入札を中止」産経ニュース(12:13)

大阪市、タブレット端末の入札中止…業者に情報流出」スポニチ(12:41)

【情報漏れ】授業用タブレット入札中止 大阪市教委」ABC WEBNEWS(12:46)

教材タブレット端末の入札 情報漏えいで中止に」関西テレビ放送(15:22)

【情報漏れ】「組織ぐるみ」認める タブレット入札中止」ABC WEBNEWS(16:43)

タブレット入札中止 大阪市職員情報漏洩か」NNN(17:58)

小中学校への「タブレット端末」導入延期」MBSニュース(18:47)

大阪市が学校向けタブレットの入札中止、特定業者に情報漏洩」ITpro

 発表やニュース自体は驚きですが,公開授業などモデル校での取り組みには直接影響するものではないので,私たちは淡々とその日の仕事を進めたのでした。

 大規模なタブレット端末導入の案件は,橋下大阪市長の肝いりともいえる取り組みだっただけに,この日の退庁ぶら下がり取材でも市長自身「残念です」を繰り返していました。

 私は入札中止に関しては報道されている以上の情報は知りません。

 関わっている教育センターの「学校教育ICT活用事業」は,入札の際の参考となる研究成果の報告を出すことにはなっていますが,入札は基本的に教育委員会や管財関係の部局が責任を持っています。

 報道では,教育センターの職員が入札公表前に仕様書を渡してしまったことが問題となっていますので,たぶん教育委員会の人が教育センターに相談する時に仕様書案を見せてしまったためなのでしょう。それをまた相談するつもりで業者に見せてしまったんじゃないかと思います。結果的に巻き戻してみたら,漏えいに該当していたということなのかなとも思います。もちろん真実は知りません。うっかり八兵衛なのか,黒い陰謀なのか,どちらにしても不用意であったのだろうと思います。

 去年の8月29日に大阪市教育委員会は「学校教育ICT活用事業の検討にかかる情報提供依頼(RFI)」というものを発して,外部から情報提供を受けるために仕様はこんなのを想定していますといった情報を公開していました(いまは終了したので削除されています)。

 関係者が読めば,大阪市がどんな入札の仕様書を描こうとしているかくらいは,そこから推し量れてしまいますので,仕様の内容を秘匿できなかったことが問題なのではないと思います。入札公示で初めて公開される「仕様書」そのものが公示前に外部の手に渡ったという事務手続きの過誤が問題とされていると考えられます。

 でもそれも正確には分かりません。正式な仕様書だったのか,情報提供を求め相談している最中に作った仕様書案なのか。発端となった「匿名の情報提供」者がどのように問題を指摘したのかも,報道からは何も分からないのです。分からないままに「組織ぐるみ」と表現する報道もあって,そりゃ組織ぐるみで情報提供を依頼していたのですから間違いではありませんが,記事の書きぶりはすっかり陰謀論です。少しでもこうした報道に対する批判的リテラシーを発揮しなければなりません。

 私は以前の職場でパソコン教室整備のための入札を進めた経験があります。あのときも普段お付き合いしている業者さんに情報を提供してもらいつつも,しかし入札に関わる正式な情報は公平を期して取り扱って事務を進めていました。とても気を遣う仕事で,もう終わった時はぐったり。それに開札後には,落札できた業者さんとできなかった業者さんと引き続き平等にお付き合いしなければならないので,結果についても責任を持たないと気まずくなります。そうでなくても向こうが凹んでいたりするので,こちらが励ましてあげたりすることもありました。普段から人間関係と仕事の緊張関係をきっちり分けつつ両立していないと,そういうシチュエーションになった時にすごく困るわけです。

 そうやって気をつけても,何かしら疑いの目を向けられて,ありもしない問題をでっち上げられたら,すべてのことがストップしてしまうのは避けられません。特にネットによる情報の行き交いが激しくなった現代ならなおさらです。私たちは,とても難しい世の中を生きているのだなとあらためて思います。

謹賀新年 2015

 明けましておめでとうございます。

 りんラボは2015年も「教育と情報の過去・現在・未来を見通す」研究室として活動を展開したいと考えています。

 今年は研究室大改革を目指します。

 (1) 蒐集した文献資料の整理
 (2) 研究室環境の見直し
 (3) 情報蓄積・発信環境の更なる改善

 (1)は,避けては通れません。これを本腰入れて取り掛からないと研究成果を出すにも出せないわけで,今年はこれを最優先事項に据えます。

 教育と情報の歴史文献資料はデータベースソフトのファイルメーカーを利用して記録を行ない,データベースを構築する作業になります。その後,データファイルを変換して,Web公開できるような展開を構想しています。

 (2)と(3)は,(1)の作業のためにも先行して取り掛かり,同時進行的に見直しと改善を図っていきたいと考えています。

 研究室が文献資料の山で機能不全を起しているのは,たびたびブログでもご紹介していた通りで,個人デスクも仕事にならない状況。お客を招き入れることも難しくなっていました。これについて研究室内レイアウトを変更しながら解決を模索します。

 情報の蓄積と発信の環境は,主にデジタル情報をどのように蓄積するのかが課題です。ハードディスクやクラウドストレージなどにデータや情報が分散しているためアクセスに問題をきたしているものもあります。また,データ消失は頭の痛い問題。これらについて,いくつかの選択肢を試してみる予定です。

 また,りんラボも長らく独り研究室でやっていますが,何らかの形で所属メンバーのようなものを迎えられないかなと思っています。今年はその方策を考える年にしようかと思います。後進あるいは仲間の育成ということも大きな課題です。何年後になるか分かりませんが,形にこだわらず実現してみたいものです。

 というわけで,今年もてんこ盛りの一年になること必至のりんラボにほどよい距離感でお付き合いいただければと思います。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

徳島文理大学 林向達