20130729 滋賀大学教育学部附属中学校集中研究会

 滋賀大学教育学部附属中学校から依頼をいただき,講師として集中研究会に参加してきました。徳島から京都に高速バスが通っているので,京都宿泊でした。

 滋賀大学附属中は,総合学習の実践が有名なところです。今回も「総合的な学習の時間」の研究の中で,特に「判断」という切り口で実践をつくろうとされています。

 思考力を深めるというお話は,世間でもあふれ出しているところですが,思考の過程あるいは最終的な態度決定における判断行為に関しては,それほど真正面から取り組んでいるところは無いように思います。

 試しに「判断」とか「判断力」というキーワードでCiNiiなんかを検索してみても,カントの「判断力批判」など哲学に関する研究成果が大半で,教育における「判断」について何かしら学校にわかるように論じたものは見当たりません。

 学習指導要領の世界でも「思考力・判断力・表現力」といった観点が取り上げられて,大事だ重要だと論じられていますが,思考力と表現力に関して触れる解説はあっても,判断力の育成に関して納得のいく解説はこれまた見当たりません。

 事ほど左様に「判断」とは多くに人にとって得体も知れず,哲学的な問題を含む厄介なものだと言えそうです。  その上,中高生の適切な判断力を育成することは,判断とは何ぞやという問い以上に難しい課題です。

 目先の現実や材料に目を奪われて拙速な判断を下してしまうことは,大人でもやってしまいがちですから,中高生達にこれを主体的に回避するよう望むのは,なかなかハードルが高いと思います。

 それに判断結果は,チャートを描けば自動的に出てくるものではありません。ときには判断不可能なほどの難問もあります。客観的に考えればすべて問題ないわけではなく,主観的に考えて判断を決することもあり得ます。

 何をよりどころに判断を展開するのか。

 月並みですが,それは私を取り巻く文化と歴史に基づくことになるのではないかと思います。私ひとりや個々人の中で完結したものではなく,関係性の中で紡ぎ合わせなければなりません。

 附属中学校における学校文化とその歴史が判断の材料あるいは財産になる。研究会の場ではそのような感じのことをお話しました。

 滋賀大学教育学部附属中学校では思考力の育成に関して「思考ツール」を採用されていました。いろいろ活用を試みているようです。

 しかし「思考ツールを使った」あるいは「ツールを用いて図を完成させた」というところで留まっているとの問題があると認識されており,そこから先がなかなか進んでいないようです。

 そもそも思考ツールは欧米語圏で積極的に活用されているわけですが,そうした言語では,初めから述語決定が折り込まれて,どの述語を使うのかという判断が自動的に問われているように思います。

 だからこそ,その述語に決定した理由をつらつらと書き出したり整理したり分析したりするために思考ツールが重宝がられるのです。

 ところが日本語は述語が後ろに来ることが多く,文の要素が増えれば増えるほど先送りされたり,結論が曖昧になってしまうこともよくあります。

 こういう言語性質の中へ思考ツールを持ち込むと,まず思考作業に気を取られてしまって,それが済んだら仕事が終わった…になりがちです。もともとの述語決定がどこか飛んでしまっても日本語だと成り立つように感じるわけです。

 ですから,日本語で思考する私たちは,思考ツールで作業をしたら,そこからもう一作業を述語の明確化や決定のために加えなければなりません。

 たぶん,それが「判断力」の育成にとっても重要な手続きなのだと思います。

 そのための授業はどんなデザインが必要なのか,滋賀大学教育学部附属中学校の研究協議会でいろいろ議論できたらと思います。

 研究協議会は2013年8月30日です。

『足代小 フューチャースクールのキセキ』

 総務省「フューチャースクール推進事業」の実証校である徳島県東みよし町立足代小学校の取り組みが『足代小 フューチャースクールのキセキ』という書籍として教育同人社から発売されます。

 実証校からの報告が書籍になるのは初だというので、事業に関心のある皆様にはぜひ手にとっていただければと思います。

 ただ、少しお詫びを…。

 この書籍には担当研究者として関わった私の原稿も(たぶん)掲載されていると思うのですが、担当研究者として対外的に書くことを意図したものではありませんでしたので、普段から不明瞭な駄文を書いているのですが、一般読者の皆さんにはなおのこと意味不明な内容となってしまいましたことお詫びします。

 逃避行ばかりしている私が市販されることを聞き漏らしてしまったせいです。ごめんなさい。

 一応、こうした事業に関わる研究者や有識者には様々な人がいて、それぞれ異なるスタンスをとっていることは予防線的に書いたのですが、これだと有識者って名前だけの仕事なのねと一般化して勘違いされてしまいかねません。

 他の実証校を担当した有識者の方々は、私と違って勢力的に事業に関わり、親戚のおっちゃんおばちゃんといった感覚で取り組まれているわけではありませんので、誤解しませぬよう、どうぞよろしくお願いいたします。  この事業に関わられた関係者の皆様に改めてお詫びいたします。

 現行執筆時点では、この事業の関係者を中心とした内部の人々が読むことを主な想定読者としていました。

 そういう方々は「ああ、足代小を担当している、あの…りんさんね。」という風に、私が好き勝手に動き回り馬鹿をやっている関係者であることは知られているので、その言い訳を書いたのがあの原稿でした。

 というわけで、フューチャースクール推進事業に自分が関わることを知ったのは突然でしたが、報告書が市販されることを聞いたのも本日でしたので、びっくりびっくりで始まり終わった私のフューチャースクールのキセキでありました。

う〜ん

 5月、6月は毎年いろんなことが立て込んで、作業がきつきつ状態。心の余裕がないので、身近な人にはツンケンしてしまう。そういうことは避けたいと思っているところなのだけれども、なかなか難しい。予定調整うまくやらないと…[共有カレンダーPalu]

20130604 学びのイノベーション推進協議会 小中学校WG

 今年度も文部科学省でワーキングチーム(WT)のアルバイトをすることになりました。昨年度の好き勝手な仕事ぶりでもう声はかからないと思っていたのですが、どうも最後まで付き合えということらしく、そうだとすれば断る理由もないので引き受けました。

 WTは、小中学校ワーキンググループ(WG)の下部なので,わりと実作業に近いところで議論ができるというのが特徴です。裏方仕事ラブな私にとって、お口チャックして鎮座しなければならない会議と違い、WT構成員は好きなお仕事といえそうです。他の構成員の皆様がしっかりした方なので,気楽というのもあります。
 先日ようやく平成25年度予算が成立したので,省庁で先延ばしになっていた諸々の事項もやっと始まり、会議も始動したというところです。
 久し振りの会議なので,予定を調整して文部科学省に出かけることにしました。

 最初、てっきりWT会議だと思って、気楽な調子で文部科学省に赴いたのですが、会議の会場について、会場が少し大きいのと、厚い資料にびっくり。
 「おお、久し振りだから、ちょっと拡大バージョン?」
 とか、新年度だからメンバーの入れ替えなんかもあるのかなぁとか、勝手に納得して、分厚い会議資料に目を通し始めたら、会議の名前が思っていたものと違うことに気がつきます。「ん?ワーキンググループ…ワーキングチームじゃない?」
 やがて会議が始まって、自分が一個上のワーキンググループの会議に出席していることが判明します。え〜っ、だからこんなに省内からの傍聴者が多いのね、っていうか、なんで私がここに座ってるのだ?あ〜びっくりびっくり。

 あとで依頼書類を見直したら、確かにWG委員として依頼を受けていました。
 昨年に引き続きWTのお仕事もするみたいだけど、会議で鎮座する仕事もおまけでついてきていたとは。ああ、結局、鎮座せずに好き勝手に質問してましたけど…。

 いずれにしても、来週行なわれる学びのイノベーション推進協議会という親会に報告する内容について情報共有が行なわれて、しばらくすればWebに資料が公開される予定です。あれ?昨年度の学びのイノベーション推進協議会ってWebページがなかったような気もするのですが…。たぶん今年度は公開されるんじゃないかな…たぶん ^_^;
 

その後の総務省

 総務省のフューチャースクール推進事業は、小学校分と中学校・特別支援学校分があります。一年先行した小学校分は3年間の事業を終えて終了しました。残る中学校・特別支援学校分も今年度で終わりを迎えます。
 教育の管轄は文部科学省なのに、なにゆえ総務省が関わるのか。その点、散々論難されてきました。社会全体のことを考える中で教育のICTを総務省が考えることは不自然なことではないはずですが、体制不信の立場からすれば厳しい目を向けないわけにはいかないのも必要なことだと思います。
 中学校・特別支援学校分が残っているとはいっても、すでに最終年度ということもあり、フューチャースクール推進事業自体は各地で粛々と進展しているという感じです。

 先日やっと平成24年度予算が成立したということもあり,各省庁の仕事もようやく本格始動といった感じのようです。
 総務省は何やっているのかというと、安倍政権のもとで「ICT成長戦略会議」を設置して議論を進めようとしています。
 ただ、今回の会議には「教育」の文字は入っていません。
 事業仕分けなどで叩かれた記憶も新しいですから,総務省としては「教育」の文字をあえて除外したと見るのが妥当なのでしょう。
 それでも会議の議事論には小宮山委員の発言として、教育についても触れた方が良いという発言がなされています。

 現政権は、口を開けばアベノミクスだ、経済成長だということに関心が向いており,もろもろの施策もそちらの文脈に絡めてざるを得なくなっているようです。
 こういう場合,教育界に向けては「人材育成」という言葉で様々な要求が高まるわけで,「人間形成」を矜持とする立場にとっては苦々しい。かといって、一方でいじめ問題を契機として「道徳教育」の教科化要求が教育再生実行会議などから飛んでくるのも、矢継ぎ早で不穏な空気を感じます。
 この辺は目的や内容の明確化といった丁寧に手続きが必要な話で,乱暴に「経済成長の手段として教育を扱うな」とだけ吐き捨てることは、主張としてはともかく、現実的な学校教育においてできません。
 であるとすれば、むしろ成長戦略の中に「教育」をちゃんと位置づけてもらった上で,議論を積み重ねて目標と手段を明確化すべきなのですが、そういう風になっていないというのが、少々残念なことでもあります。