OECDという組織と新しい時代の学力

 日本の教育政策は「教育振興基本計画」という計画のもと進められています。

 しかしながら,教育振興基本計画という言葉も,その動きについても,多くの教育関係者には届いていないというのが実情で,一般の皆さんにいたっては,本当にそんなものが進んでいるのか信じられない方も多いと思います。

 基本的に,日本で何かが起こっていることを感じるには,マスコミに頻繁に取り上げられて,話題にしやすい物語にならないと難しいかなと思います。

 特に教育関係は,ネガティブな出来事の方がマスコミ的に話題にしやすいため,淡々と進行している取り組みは存在しないも同じのようです。

 従来の知識伝達・知識注入で達成する学力だけで立ち向かうことが困難な世の中になり,むしろ複雑な状況にも対応し得る新しい知識を生み出せる知識創造的な学力の育成こそが今後重要なのだ。

 こうした考え方に基づいて,教育振興基本計画は「自立・協働・創造モデルとしての生涯学習社会の構築」と4つの基本的方向性を打ち出しています。

 ところで,一つ戻って…知識伝達から知識創造の時代に変わっているといった考え方は,どこからきているのでしょうか。

 これは国際世界にも流れている見解で,「21世紀型スキル」という新しい学力の考え方とセットで世界中の学校教育で注目されています。

 もう21世紀も10年経過してしまいましたけれど,「21世紀型スキル」という言葉が一般に人々に届かないのは,なかなか心苦しいところです。  苛ついた私はこんなツイートしていました。


 いじめ問題がトップなのは,それが重要な問題である以上当然ですが,それにしても他の項目について見直しが足りないんじゃないの?という皮肉でありました。

 この世の中は変わったので21世紀型スキルのようなものが必要だという考え方を広く流布する役目を負っているのはOECD(経済協力開発機構)という組織です。

 前身がヨーロッパの経済組織であったOECDが,なぜに世界の教育政策の分野に深く関与しPISA学力調査の実施にまでいたるのかの経緯については,福田誠治氏による論文「ヨーロッパ諸国の教育改革からの示唆」でまとめられています。

 もともとは,ヨーロッパ諸国が統一するににあたって必要とした「協力社会」という考え方と,複雑な世の中を生きるために絶えず自己学習する必要のある「生涯学習」という舞台の必要性を,教育に影響力を持ったOECDが国際的に認知させたといえそうです。  

 PISAまでの流れを論文をもとに,かいつまんでご紹介すると…

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・1968年に「CERI(教育研究革新センター)」を創設した。 ・関係国の思惑複雑な中,1988年より「国際教育指標事業」を開始。
 →指標公表の積み重ねによって徐々に影響力を増す。

・1990年代にOECDのCERIは,従来の学力調査では学校教育の重要な部分が測定されていないために,学校が十分な力を発揮していないのではないかと考える。
 →PISA国際学力調査の誕生へ

・では何を測るべきか
 →「教科横断的コンピテンシー」(コンピテンシー:実践的な能力といった意味)
 →実社会から学校教育の目的設定を試みる(DeSeCo計画のスタート)
  人間が望ましい社会生活を送るのに必要な力

・2002年末にDeSeCo最終報告 〜汎用能力としての3つの「キー・コンピテンシー」
 →「異質集団の中で相互交流する」   「自律的に行動する」   「相互交流的に道具を使用する」

・「キー・コンピテンシー」から測定可能な形で取り出したもが「リテラシー」
 →「言語・情報リテラシー」(読解力)
  「数学的リテラシー」
  「科学的リテラシー」  →PISAはDeSeCo計画が結論する前に見切り発車して実施された。

・PISAにおいて「省察,それはキー・コンピテンシーの心臓」
 →キー・コンピテンシーをつなぎ止める決定的な能力として「省察(reflectiveness; reflection)」ないし「省察的な思考と行動」に着目。

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 このようにPISA調査は従来の学力調査(たとえばTIMSSなど)では捉えられていなかったものを測定しようとしたのであり,知識伝達中心の学校教育だけでは対応することが難しくなっています。

 フィンランドでは,1994年からすでに新しい学力に向けたカリキュラム改革が始まっていたため,PISA学力調査に対して高成績がとれたともいえます。

 DeSeCoのキー・コンピテンシーもPISAの「リテラシー」も21世紀型スキルと銘打っているわけではありませんが,いずれも新しい時代(つまりは今日)に必要な能力を描いているという点で21世紀型スキルの議論に深く関係します。

 日本では,「学びのイノベーション」という呼び方で,新しい時代の学力に対応した学校教育を生み出そうと取り組まれています。  これもあまり知られていませんが,とにかくそういう動きがあります。

 一体,何を目指しているのでしょうか。

 それは「一人ひとり異なる特性をもった児童生徒が,学級やグループの学習活動で関わりあうことを通して,気づきを得て自らを変化させたり,児童生徒同士の知識が掛け合わされることによって新しい知識が生み出されること」です。

 教育振興基本計画に「自立・協働・創造」という言葉がありますが,そのようなキーワードも踏まえて,このような場面を積極的に取り入れた授業をつくり出していくことが目指されています。

 もちろん,これまでも授業の中にそのような場面や瞬間は多々あったと思いますが,今後は,それを意図的にねらって授業づくりして欲しいということです。

 その際,新しい時代には「ICT機器」といった避けることが出来ない道具も登場しているので必要があれば活用することも奨励されているわけです。もちろん必要なければ遠ざける術も学ばせなければなりません。

 こうした考え方が日本の学校教育に浸透するためには,まだ時間がかかることを覚悟しなければなりませんが,少しずつ前進していることは確かです。

20130803 「Tangiblock」タッチ&トライ イベント

 こどもちゃれんじが,iPadと組み合わせて使う学習ブロック「Tangiblock」タンジブロックを発表し,Apple Store 銀座でイベントを開催したので参加してきました。

 タンジブロックは,iPadに載せて反応を引き出すことが出来る50個のブロックの集まりのこと。公式サイトには文字の描かれた青色ブロックが紹介されています。

 この50個のブロックを使って,どんな面白いことが出来るのか。アイデアまたはアプリ開発の募集を始めています(賞金アリ)。

 実は,タンジブロックはまだ未完成。

 50個のブロックとiPadアプリを作るための開発キットが出来上がったばかりで,実際のアプリはこれからみんなに考えて欲しいというわけです。

 最初は,文字の書かれたブロックを使った教育アプリがメインなのかなと思っていましたが,実際にイベントで関係者の方の説明を聞くと,そんな風に限定しているわけではないとのこと。

 どうやら,青いブロックというのも仮の姿で,ブロックの形や使い方も自由に考えて欲しいみたいです。

 ただし,タンジブロックとiPadを使う場合には,いくつか条件があります。

○ブロックは50個まで

 50音のひらがなをブロックにした場合,アルファベットとは共存が出来ない

○iPadに同時に載せられるブロックは2個まで

 ブロックを識別する原理とiPadの制約(認識点が11個まで)のため

○ブロックはこれ以上小さくできない

 ただし,iPadと触れている部分だけの話なので上の部分は好きなようにできる

 タンジブロックは,ものを使ってiPadから反応を引き出せるというセットです。  だから,学習ブロックとしてだけ使う必要はありません。50個のブロックも全部使う必要もないし,常にiPadの上に載せなきゃいけないというわけでもありません(つまり,何かを引き出す時だけ載せるという意味…)。

 ブロックを乗り物や動物に見立てても良いし,ゲーム盤の駒として使っても良いし,何かの鍵のように使ってもよいと思います。

 とにかくiPadと組み合わせた時にどんな面白いことが出来るのかを考えて欲しいとのこと。50個のブロックを何に見立て,何を割り当てることになるのかはアプリ次第というわけ。アイデア次第では面白いものが出来そうです。

20130802 学びのイノベーション事業 実証校説明会

 文部科学省で,学びのイノベーション事業の実証校に対する説明会がありました。小学校と中学校から先生方が集まってくださり,今後報告して欲しい事柄について,具体的な内容を知っていただいた次第です。

 私が関わっているのは,指導方法等に関する検討のお仕事。

 指導方法を検討するためには,実証校から様々な事例をご報告いただいて,それをもとにモデルの検討や指導方法の参考資料の作成をしなければなりません。

 そのための事例づくりに必要な情報や方針について伝えるため文部科学省にて説明会を開いたわけです。

 多くの皆さんには,作業の末に出来上がったものがお披露目されるとき,こんな取り組みが行なわれていたことが伝わるのかなと思います。出来上がったものだけ見せられても,誰かが勝手に考えてつくったんでしょ!と軽く一蹴されてしまうのかも知れませんが,実証校の先生方に過大なご協力をいただいて作り上げていくものなので,ぜひともその苦労についても思いを巡らしていただければと思います。

 お仕事はお仕事で進んでいってしまうのですが,この取り組みには一つ大きな問題が横たわっています。

 文部科学省が「指導方法」を関わる話に口出しして良いのか?という問題です。

 教育内容に関しては学習指導要領の存在から分かるように,文部科学省にその決定権限が与えられています。いまのところ日本の教育制度は教育内容について縛りがあるのです。

 しかし,その代わり教育方法や指導方法については,授業者の裁量とされています。何を教えるのかは国が口出ししますが,それをどのように教えるかは児童生徒に直接対峙する教師に権限がゆだねられているのです。

 ゆえに,文部科学省として,これが新しい時代の指導方法ですと提示することは,あくまでも試案のような位置づけになります。

 新しい時代に向けて教え方にも変化は必要だけど,それを取り入れるか入れないかはひとえに教師次第となるわけです。それだけに試案が魅力的でなければならないわけで,こちらとしても気が引き締まります。

 正直なところ,出来上がるものが皆さんのお役に立つのかどうか,作ることに関係する立場になったにも関わらず不安なのですが,少しでも新しい学校教育のイメージが伝えられるものが出来上がるよう,可能な範囲で頑張りたいと思います。

20130729 滋賀大学教育学部附属中学校集中研究会

 滋賀大学教育学部附属中学校から依頼をいただき,講師として集中研究会に参加してきました。徳島から京都に高速バスが通っているので,京都宿泊でした。

 滋賀大学附属中は,総合学習の実践が有名なところです。今回も「総合的な学習の時間」の研究の中で,特に「判断」という切り口で実践をつくろうとされています。

 思考力を深めるというお話は,世間でもあふれ出しているところですが,思考の過程あるいは最終的な態度決定における判断行為に関しては,それほど真正面から取り組んでいるところは無いように思います。

 試しに「判断」とか「判断力」というキーワードでCiNiiなんかを検索してみても,カントの「判断力批判」など哲学に関する研究成果が大半で,教育における「判断」について何かしら学校にわかるように論じたものは見当たりません。

 学習指導要領の世界でも「思考力・判断力・表現力」といった観点が取り上げられて,大事だ重要だと論じられていますが,思考力と表現力に関して触れる解説はあっても,判断力の育成に関して納得のいく解説はこれまた見当たりません。

 事ほど左様に「判断」とは多くに人にとって得体も知れず,哲学的な問題を含む厄介なものだと言えそうです。  その上,中高生の適切な判断力を育成することは,判断とは何ぞやという問い以上に難しい課題です。

 目先の現実や材料に目を奪われて拙速な判断を下してしまうことは,大人でもやってしまいがちですから,中高生達にこれを主体的に回避するよう望むのは,なかなかハードルが高いと思います。

 それに判断結果は,チャートを描けば自動的に出てくるものではありません。ときには判断不可能なほどの難問もあります。客観的に考えればすべて問題ないわけではなく,主観的に考えて判断を決することもあり得ます。

 何をよりどころに判断を展開するのか。

 月並みですが,それは私を取り巻く文化と歴史に基づくことになるのではないかと思います。私ひとりや個々人の中で完結したものではなく,関係性の中で紡ぎ合わせなければなりません。

 附属中学校における学校文化とその歴史が判断の材料あるいは財産になる。研究会の場ではそのような感じのことをお話しました。

 滋賀大学教育学部附属中学校では思考力の育成に関して「思考ツール」を採用されていました。いろいろ活用を試みているようです。

 しかし「思考ツールを使った」あるいは「ツールを用いて図を完成させた」というところで留まっているとの問題があると認識されており,そこから先がなかなか進んでいないようです。

 そもそも思考ツールは欧米語圏で積極的に活用されているわけですが,そうした言語では,初めから述語決定が折り込まれて,どの述語を使うのかという判断が自動的に問われているように思います。

 だからこそ,その述語に決定した理由をつらつらと書き出したり整理したり分析したりするために思考ツールが重宝がられるのです。

 ところが日本語は述語が後ろに来ることが多く,文の要素が増えれば増えるほど先送りされたり,結論が曖昧になってしまうこともよくあります。

 こういう言語性質の中へ思考ツールを持ち込むと,まず思考作業に気を取られてしまって,それが済んだら仕事が終わった…になりがちです。もともとの述語決定がどこか飛んでしまっても日本語だと成り立つように感じるわけです。

 ですから,日本語で思考する私たちは,思考ツールで作業をしたら,そこからもう一作業を述語の明確化や決定のために加えなければなりません。

 たぶん,それが「判断力」の育成にとっても重要な手続きなのだと思います。

 そのための授業はどんなデザインが必要なのか,滋賀大学教育学部附属中学校の研究協議会でいろいろ議論できたらと思います。

 研究協議会は2013年8月30日です。

韓国のデジタル教科書協会 DTA

 日本には「デジタル教科書」に関する組織があります。

 比較的大きなものとして「デジタル教科書教材協議会」「デジタル教科書学会」があります。これらは民間あるいは学術団体です。

 公的機関でデジタル教科書を主題に据えている組織はありません。一般社団法人という形であれば、コンピュータ教育推進センターや日本教育工学振興会といった組織がありますが、公的機関といえるかどうかは微妙です。

 文部科学省で教育の情報化を扱っているのは、生涯学習政策局という局です。本年7月からは新しく「情報教育課」が新設されました。今のところデジタル教科書を担当しているのは、この情報教育課です。

 デジタル教科書の取り組みで知られる韓国。  私もときどき韓国のニュースで動向をチェックしていますが,この数ヶ月慌ただしくて見逃していたニュースがありました。

 韓国にもようやく「デジタル教科書協会」という企業による民間団体が結成され,5月21日には設立記念フォーラムがソウルで開かれたのだとか。 デジタル教科書協会 (Digital Textbook Association: DTA) http://www.dta.or.kr  新聞記事によれば、教育とIT関連の名だたる企業23社によって1月31日に結成された団体であり,400名を集めた設立記念フォーラムは「デジタル教科書とスマート教育のエコシステム」をテーマに展開されたとのこと。

 一部のメディアの観方によると、韓国は政権交代によってスマート教育への方針が曖昧化しつつあり,業界では先行きを不安視する声が聞こえるのだとか。また学校の先生達にも抵抗する空気が残っているとのことで,ある調査では膨大な予算に比して現場からの需要が低いことも浮き彫りになっているようです。

 デジタル教科書導入に関する作業が遅れていることは事実のようで,このことからデジタル教科書の導入自体が延期されるとのトバシ記事も出ていました。KERISなどは具体的な導入科目の選定に時間がかかっているという見解を示しているようですが、実際がどうなのかは、韓国とのネットワークを持っている人とか,視察に出かけている人に聞いてみないと分かりません。

 いずれにしても、韓国も気を緩めると抵抗が強まってデジタル教科書への勢い削がれてしまうという懸念があるようで,デジタル教科書協会が設立されて、早々に韓国教員団体総連合会と協力関係を組もうとしたのも、そうした懸念からかも知れません。

 韓国経済も厳しい局面を迎えつつあることを考えると,やはり経済的成長や発展というのは回り回って教育にとっても無視できないものなのだと思います。