20181205_Wed

研究室の段ボール整理。

スチール書棚を追加し,引越用段ボールに入ったままの文献資料を取り出したものの,まだ段ボールは残っている。中身を確認して廃棄作業に取りかかる。

旧い教育関係の新聞が溜まっているので,興味深いIT/ICT関連記事が掲載されている号を除くために駆け足で紙面を参照する。ちょうど10年くらい前のものだが,あまり進展が感じられない内容も多く,日本の教育の不易の安定性に呆れを通り越して感心すらしてしまう。

そんなタイミングに,職場にもかかわらず新聞勧誘がやってきて,新聞紙を捨てようとしていた場で,流通関係の新聞紙を契約することになってしまった。一生懸命に可哀想な新聞社営業マンを演じていたのと,こちらもネットで新聞記事を活用させてもらっている後ろめたさもあり,3ヶ月だけの限定講読のボランティア。けれども,こんな勧誘するなら,これ以降は二度と新聞講読しないことを心に誓う。

学生たちがプログラミング体験活動。

児童研究という時間帯が確保されていて,学生たちの自主活動に充てられている。ある活動グループがプログラミング体験をしたいというので,iPadやSpheroとMESHを貸し出し。

あらためてSphero(ボール型ロボット)の掴みの強さを感じた。まずはリモートコントロールで自由自在に動かす体験で楽しんでから,設定されたゴールにプログラミングしたコードで到達する課題に挑戦する流れ。

使っているのがSphero miniということもあり,フローリングでは移動中のスリップも多くて,同じプログラミングコードでも毎回の動作結果が一致しないことがある。それも込みで楽しく試行錯誤していたが,教育となるとここからどう活動をデザインするかは課題かも知れない。

MESHは傾き/振動センサーとジェンガを組み合わせてゲームを楽しんでいた。こちらはセンサーをどのように組み合わせるのかで多様な活動デザインが可能だと思う。ジェンガ・ゲームに組み合わせるというのは,なかなか楽しいと思った。

今回は,プログラミングに抵抗感をいだく後輩学生たちに興味関心を持ってもらうための活動だったので,難しいことは考えるべきではないが,こうした導入からもう一歩先へ進むための道筋を考えることはとても大事だと思う。

20181102_Fri

卒業研究の指導など。

算数ドリルWebアプリケーションの開発に挑戦しているゼミ生たちが,研究室にやって来て開発作業に取り組んでいる。

といっても数カ月前からHTML5やらWeb開発やらを取り組み始めたばかりだから,とにかく見様見真似状態で試行錯誤が続く。初めてプログラミングに取りかかろうというのだから,エディタソフトの選定やら,開発と実行環境の違いやら,そういうところの理解をするのもなかなかのハードルであった。

HTML5でWebアプリを組むといっても,HTML, CSS, JavaScriptは当然として,JQueryやBootstrapといったものライブラリの利用が混ざったサンプルなんかも出てくるから,それを紐解くだけでも大変である。さて,どこまで実現できるかは彼らの努力次第といったところ。

私もせっかくだからGoogle App Scriptを勉強がてらいじってみることにした。昨今は参考書として『詳解! Google Apps Script完全入門 ~Google Apps & G Suiteの最新プログラミングガイド~』や『Google Apps Script Webアプリ開発 超入門』といったものが発刊されたので取り組むのに良い機会だ。

専門ゼミナールでは,3年生達と卒業研究の話。

そろそろテーマについて考え始める頃となった。どんなことに関心があるのかを出したもらって,絞り出したり絞り込んだりしよう。

20181031_Wed

小学校でプログラミングをどう取り組めばいいか。

プログラミング体験が必修事項となったとはいえ,初めての先生方にとっては何から手を付ければいいのか分からないのが実際です。

この日も出張先の会議で素朴に問われました。何から読めばいいでしょうかと。

文部科学省は新たな学習指導要領に併せて「小学校プログラミング教育の手引」(2018年11月6日に第二版)を公表し,プログラミング体験を導入した経緯や考え方等について解説しています。その内容をパンフレット化した「「小学校プログラミング教育必修化に向けて」パンフレット」が未来の学びコンソーシアムによって製作されています。またICT CONNECT21からは「小学校プログラミング教育導入支援ハンドブック2018」というパンフレットも出されています。

公益財団法人・中央教育研究所が「小学校プログラミング教育ガイド」というパンフレットを作成しており,裏面にあたる「プログラミング教育 実践事例+教材紹介」で様々な事例を手軽に一望できるようにしています。

巷には『間違えないプログラミング教育』(小学館)という先生たちの心理に付け込んだタイトルではありますが情報満載なガイドブックも登場していますし,『先生のための小学校プログラミング教育がよくわかる本』(翔泳社)といったその名もずばりの本も発刊されています。

先生向けではありませんが,保護者向けに『図解 プログラミング教育がよくわかる本』や『プログラミングってなに?親が知りたい45のギモン』といった本や,様々な子育て・家庭教育雑誌の情報発信も世間の空気を煽っているという点で気にしておいてもいいかも知れません。

プログラミングにいろんな学習の要素や意義があることはわかったけれども,現実的問題としてプログラミング体験事項を厳しい時間進行の中にどう取り込むべきか。

その問いに直接答えることは難しいですが,プログラミング体験を誘発させたり発展させやすくする下準備に何をすればよいかは答えられます。それは,先生が普段からプログラミングを道具として活用している姿を見せ続けることです。

たとえば,パソコンの画面上でアニメーションも作成できるプログラミングツールがありますが,それらを利用して教科の提示物を作成してしまうことです。

また,ボタンやセンサーが備わったプログラミングできる小さな電子機器も様々登場していますが,それらを使って,授業中の提示スライドの表示や順送り操作をすることです。

こういうプログラミングツールや電子機器を,そのものを勉強するために用いるのではなく,普段の授業や学習のために使いこなすということを先生たちが楽しんで挑戦している様子を見せることが大事だと思います。

学習指導要領における例示を踏まえて,算数や理科の新・教科書でプログラミング体験がどのように記述がなされるのか。そんなことばかりを気にしていても,プログラミング体験をうまく溶け込ませることはできません。

先生方がプログラミングの成果を実利用・活用しているその姿を見せることが関心を喚起する出発点になりえますし,そこから学習指導要領の例示を越えた様々なプログラミング体験を生み出せるかも知れません。これは,子どもたちが自らプログラミング体験を生み出すことも含まれます。

そうなったら,プログラミング体験という学習事項を時間進行のどこに位置づけるかという問題は,また違った見え方をするのではないでしょうか。

20180927_Thu

通常の授業日。

新しい内容の教科書へと切り替えることにしたものの,売店への入荷はしばし時間がかかるため,冒頭部分をコピーして配布することにした。各自がネットでピッと購入すれば数日で届くことは可能なのだけれど,このご時世になっても,いろんな人が関わって成立してきた手続きを飛び越すことの方が難しい。

プログラミング教育体験活動に関わってくれている学生たちが,秋の催しについて相談のため来研。独自に附属小学校の児童たちを募集する機会以外にも,大学祭にやって来てくれる子どもたちを対象とした体験機会をつくることも計画してくれている。

ただ,単発的な体験の機会となると「プログラミングを体験する」という側面を堅持するのがとても難しくなるという問題に直面する。

特にフィジカルデバイスのプログラミングは,ロボットやらセンサーやらのフィジカルなものを動く動かすという分かりやすさがある反面,動くことへの興奮がある程度おさまらないとプログラミングの方へ意識を向けさせるのが難しいし,その時間配分も予測が難しい。たとえば,ボール型ロボットを制御するという素材は,関心を掴むという点においてインパクト十分であるが,これを学習素材として料理する幅はそれほど大きくないのが実情である。食べ飽きるのが早いかも知れない。

子どもたちに向けてプログラミングを体験してもらうというねらいは少し諦めて,学生たち自身がこの活動を通してプログラミングというものを体験し馴染んでいくという裏側のねらいに重点を置くような感じになるのかなと思う。

グラハム・ベルが電話を発明して特許を取得したのが1875年と1876年のこと。

その頃の日本というのは,明治8年,9年といった時代で,ご存知文明開化の頃だった。電話もすぐさま輸入されたそうで,さっそく国産品の開発が始まり,逓信省による電話交換業務が始まったのは1890(明治23)年だという。

ところで,明治時代より前はどうだったのか。

気になって『江戸の理系力』(洋泉社)を覗いてみた。

電気にまつわる話だと,平賀源内の「エレキテル」が思い浮かぶ。1770(明和7)年の長崎遊学で壊れていたエレキテルを入手したものの,「当時の日本において電気の知識は皆無に等しかった」らしく,別の歴史年表によると平賀源内がエレキテルを修理したり模造品を完成させるのは1776(安永5)年までかかったらしい。

興味深いのは,大人の科学.netの「江戸の科学者列伝」(学研)等の記述によれば,エレキテルは見世物として使われたに過ぎないようだ。つまり,火花をバチッと出せてインパクトはあったけれども,実用的に使うものではなかったと。どこかの時代のボール型ロボットで似たような話を聞いたような…。

日本における電気の祖は橋本宗吉で,1811年頃に『阿蘭陀(おらんだ)始制エレキテル究理原』という本を書いたことから電気学が始まった,とのこと。

日本の電気の歴史もなかなか奥深い。

「プログラミング」を考える

2018年8月11日に行なわれた三重県教育工学研究会の夏季セミナーに参加してきました。

「新時代の教育を切り拓く プログラミング教育を探る」というテーマで企画され,「子どもが主役のプログラミング教育で学びを深める」と題して開催されました。授業実践事例の報告とプログラミング教育に関する講演,パネルディスカッションが行なわれました。

ふらっと参加したのですが,お声掛けしてくださる方々も多くて,思わぬ歓迎を受けたりしてました。

講演では,千葉県柏市の教育研究所にいらっしゃる西田光昭先生が,プログラミング教育に関する最新動向と柏市での長年の取り組みを紹介されました。パネルディスカッションでは,NPO法人みんなのコードの竹谷正明先生と亀山市立能登小学校の谷本康先生が議論を展開しました。

企業ブースも多数参加があり,各社PRで製品に触れる機会もあり盛りだくさんでした。

こうしたセミナーのような場を粘り強く展開することは大事なのだなとあらためて思いました。

さて,プログラミング教育。

最近は,関連ポータルサイト(「小学校を中心としたプログラミング教育ポータル」)もインタビュー記事を掲載するなど情報発信にも力が入ってきたようです。

プログラミング教育について書くと,二文目には否定的なことを書いてるんじゃないかと思われがちですが,それは私の職務上,疑問を投げかけることから思考を発動させるのが定石になっているからです。

実は,夏季セミナーのパネルディスカッションで,発言する機会をいただきました。

登壇者の発言をフムフムと聞いていたものですから,そのタイミングで気の利いた質問を用意するのがとても難しく,また思い付いた言葉を唱え始めてしまいました。

曰く「なぜプログラムではなくプログラミングという言葉なのだろう。あるいはプログラミングという言葉は消えて使われなくなるのではないだろうか」とか。

頭の片隅で「このセミナーは先生たちが集まっていて,これからどうプログラミング教育すればいいかを学びに来ているのだ」と分かっていたというのに,どうしてこうも自分は疑問を呈する思考回路の持ち主なのか,自分でも困ってしまいます。

私がそのとき抱いていたのは,西田先生がお話しされていた「プログラミング教育を普及させるために先進・先導事例を通して多くの人の理解を得る」必要性に対して,多くの人の理解を得る際に提示されるイメージがもっと鮮明でなければならないのでは?という疑問でした。

つまり「プログラミングって何?」という問いで生起するイメージを共有できるかどうかです。

そのとき「プログラミング」という言葉を使っていることの不思議さも感じないわけにはいかない。

たとえば音楽に喩えるなら,私たちは「作曲」に相当する言葉を使っていることになります。「作曲教育」自体は大変興味深い議論対象ではあるけれど,それは普通の感覚で考えたとき,音楽の範疇で最優先に取り組まれるべき事項だろうか。大概は,作曲する前に「鑑賞」することを優先するのではないか。

これをプログラミング教育に引き付けて考えるとき,私たちは「プログラミング」よりもまずプログラムを「観察」することから始めているのではないか。「プログラム観察」を経て,やがて「プログラム作成」を体験するという区分を明確にすることが必要なのではないかとも思えてくるのです。

「プログラミング教育とは,プログラム観察とプログラム作成の体験と学習から構成される」といった暫定的な共通イメージを描く必要があるのではないかという問題提起です。

もちろん,プログラム観察とは何か,プログラム作成とは何かという,さらなる描き込みは必要になりますが,プログラミング的思考なる言葉で煙に巻くよりは潔いのではないかと考えます。

こうして考えていくと「プログラミング」という言葉が代表面して学習指導要領に書き込まれるのは今期改訂の範疇限りで,次期改訂の際には「プログラミング」という言葉は消えて「コンピューティング」という言葉が後継候補に上っているかも知れません。仮にプログラミングという言葉が残ってもコンピューティングの中の一部分として登場する位置付けになると思います。

そんなことを夏季セミナーに参加しながら考えていたわけですが,今一度,現時点で何をすべきかということに頭を切り替えるなら,先生方は,徹底的に「プログラム観察」をすることかなと。私たちの日常生活に潜んでいるたくさんのプログラムを掘り起こして再認識するだけでも,大変な作業です。

そのうえで,プログラム作成に挑戦すると,観察の成果が生きてくるかも知れません。