20190107_Mon 月曜1コマと赤福

実質的に今年の仕事始め。

月曜1時間目の授業コマは,担当している側にも少々複雑な心境を抱かせる。まだ少しお休み気分が抜けきらないところに斬り込んでいく後ろめたさと,今週を気持ちよくスタートできるかどうかはこの授業の雰囲気で決まってしまうのではないかというプレッシャーが,渾然となって襲ってくるからだ。

そして,新年に入って授業再開の最初を飾ることになるから,今日はさらに緊張もした。蓋を開けてみれば,やはり欠席も目立っていたが,なんとか明るい雰囲気で授業は進行。相変わらず,あっという間の90分だった。

帰省先からお土産を買ってきたが,今回はその中に「赤福」を入れてしまった。

赤福もちの賞味期間は2日間なので本日が期限。職場に持っていけば研究室に来た誰かに食べてもらえるかなと思って購入したものの,この日,学生たちは誰も研究室にやってこなかった。新年の挨拶はLINEで済ませてあるからなぁ…変な期待をした私が甘かった。

というわけで,結局ひとりで全部食べてしまった。ははは,こりゃ太るわ。

日本教育工学会3月研究会の発表申込締切日。

前回の発表は風呂敷広げて詰め込み過ぎたので,今回はブログ記事レベルのスカスカ内容で申し込むことにした。3月は質疑応答メインで挑もう。

20190106_Sun 平成最終日までのアドベントカレンダーがほしい

年末年始は帰省して過ごした。

例年通りである部分と,年を重ねる毎に変わりゆく部分と。そうして年末年始を過ごしてみて思うに,たぶん2019年は能動的に何かを変えていく時機かも知れないと感ずる。そうでなくとも元号変わりの慌ただしい年だ。

NHK-Eテレが「平成ネット史(仮)」を放送していた。

タイトルに(仮)が付いているのは,制作者側も広範にわたる歴史を2夜連続の枠ですべて収められないことを了解しているがゆえ。それを念頭にひとまず歴史を切り取るならば,たぶんそうなるだろうなという内容になっていて,どうしても東京に出入りしていたネットプロパー勢から見た思い出アルバム的にはなっていた。それでも,バランス感覚のよい構成だったので,番組自体は面白く視聴できたと思う。

そもそもパソコン通信ネットワーク時代はホスト局やボードやSIG毎の島宇宙になりやすかったし,インターネット時代も繋がっているとはいえ掲示板やサイト毎に島宇宙化していたので,取り上げられていたトピックスに対する距離感は個々人で違ってきてしまう。たとえば,番組で取り上げられていたテキストサイト全盛期に有名だったとされる「侍魂」というサイトも,私個人は忙しかった時期にも重なり当時は知らずに過ごした。

平成時代に増大したネットワーク上の世界をどのようなパスを描いて渡り歩いてきたのか,それ次第で個々人の平成ネット史は変わってくるわけだ。

教育と情報の歴史研究にとっても,平成という区分は重みがある。

それで実は,平成が終わる4月30日までの間,個々人が教育と情報の歴史(自分の平成ネット史でもかまわないが)を個々人のブログ上で語るエントリー記事を書いてもらい登録するアドベントカレンダーのようなもの作成したいと考えている。

アドベントカレンダーはもともとクリスマスをカウントダウンするための12月カレンダーだが,4月30日までをカウントダウンするカレンダーでやりたいわけだ。一日ごとに登録してもらったエントリーへのリンクが公開されて各参加者の記事が読めるという一種のリレー連載記事だ。

といっても,アイデアがあるだけで,それを実現するシステムが見つけられていない。

もしも良い実現手段があればTwitterアカウントまで教えて欲しい。

年末修理に出したMacBook Proは,早速修理を完了して昨年内には徳島の自宅に届けられていたようだが,帰省から戻っての受け取り。28日受付の30日出荷だから迅速。バッテリー膨張が確認されて,必要部分の交換となった。データなどはそのままなので,何事もなかったかのように使用再開となった。

20190101_Tue テクノロジーのための思索を

新しい年となりました。

4月30日の天皇陛下譲位と翌日の改元によって,平成という時代が区切りを迎えます。1985年がコンピュータ教育元年であるとする教育と情報の歴史にとっては,平成という時代にほとんどの出来事が展開して今に至っているわけです。

昭和時代は,技術開発や製品・サービス化等の敷居は必ずしも低くありませんでした。それが平成時代は,技術開発と製品・サービス化の敷居が徐々に低くなり,両者を行き交うサイクルも加速したと考えられます。

それが高度化して第四次産業革命であるとか,それを内包する社会をソサエティ5.0(超スマート社会)とでも呼称して,よりスマートに展開する社会の将来像を描いているのはご存知の通りです。我が国の「科学技術基本計画」はその基本文書と言えます。

2017〜2018年に「EdTech」というキーワードで教育分野を対象としてイノベーションを持ち込もうとする動きが話題になったのは,この流れの一環です。

技術開発によってもたらされる可能性を,いち早く製品・サービス化することによって持ち込み,教育や学習の分野に変革をもたらしたいという衝動は理解できます。なぜなら,教育や学習の領域には変革を必要と感じさせるほど課題が山積しているからです。

そのような衝動を是としつつも,ハイパースマートなテクノロジー駆動型の教育・学習活動を支える理念的・哲学的な知見をもっと醸成する必要性があることも私たちは同時に認識していかなければならないと考えます。

ある種の可能性が実現すると,私たちの選択の幅は広がるように思われますが,実のところ選択の幅が狭まってしまう事態をも招き得ます。

特に,選択の幅の維持がコスト負担を強いると考えられる場合などは,コスト軽減を理由に選択の幅が捨てられてしまうのは容易に想像がつきます。

たとえば技術的可能性が教育や学習に変革をもたらすという場合,懸念されることは,そうした技術的方法が低コストを一つの特質として社会的課題の解決に導入されようとすることです。課題解決にとってプラスであることは明白ですが,裏返せば教育や学習にコストをかけることへのインセンティブが薄まっていくことになり,そのような事態が私たちが望むものかは,全く別の話であると言えます。

よって,EdTech等の動向を尊重しつつも,ある程度の距離感を保ったところで,私たちは何を目指すべきなのかという議論を歴史的な視野と日本に住む人間としてのあり方を踏まえて展開しなければならないと思います。

今年もいろいろ思索を深められれば。

20181231_Mon 大晦日

というわけで2018年も最終日。

徳島文理大学の林向達です。この一年ご無沙汰したままの皆様もいらっしゃると思います。直接ご挨拶できず申し訳ありません。

今年も淡々と過ごした一年でした。

相変わらず思索をしながら教育と情報の世界を眺めつつ,職場では担当授業と業務との往復を繰り返していた感じです。華やかさには欠けますが,分相応かと。

りん研究室は,専門ゼミナールに所属する3年生(4名)と卒業研究に取り組む4年生(4名)という体制になった年でした。こういう風にカチッと学生たちが揃ったのは今年が初めてだったので(意外ですが…),その運営や学生支援に関しても試行錯誤な年でした。うちは各学生の関心がバラバラなので,カバーすべき範囲が幅広くなるといった事情もあります。

ああ,『情報時代の学校をデザインする』(北大路書房)は今年の2月発売でした。まだまだ絶賛発売中です。Society 5.0とかEdTechとか語りたい人にはお薦め文献です。

というわけで,今年も一年お世話になりました。

来年は,学会大会の会場をお引き受けすることにもなったので,今年とはまた違った形で活動を展開したいと考えています。