20181022_Mon

月曜1時間目からスタート。

職場に出勤すると「秋のプログラミング体験教室」のチラシが研究室のドアに貼られていた。学生たちが自主的に活動をしてくれている研究会の活動だ。

前回はボール型ロボットSpheroとセンサータグMESHを使う内容だったが,今回は趣向を変えて,Scratchmicro:bitを使ってみようということのようだ。

直球勝負といった感じではあるが,それだけに奥深いので,学生たちも頑張って取り組んで欲しい。頑張るというよりは,どれだけ自分の発想を広げられるか,限界に思う気持ちを解放できるかだと思う。

夕方は若干早退。自宅のガス開栓の立ち合い。

20181015_Mon

頭痛から脱出するためじっとする。

今週末は出張なので,そのための準備をしたいが,頭痛のため考える作業ははかどらない。その代わり,新しいツールを使い始めることにした。

マークダウン記法というものがあって,文字列記号を使ってテキストを装飾することができる。たとえば見出しになる文の文頭に「#」記号をつけたり,箇条書きの最初に「-」を挿入するといったルールで情報をテキスト情報を整形していくわけだ。

ワープロソフトなどで,箇条書き設定やら太文字設定やらをわざわざ操作して見た目の装飾を施すのと違い,マークダウン記法だと決まった文字列記号をそのまま打ち込めばいいので,入力時の煩わしさが少ないというのがメリット。ただし,編集中は記号を添えたテキスト状態なので,見た目がレイアウトされておらず,慣れない人には有り難みがなかなか感じられない方法でもある。

その代わり,編集はプレーンなテキストデータを扱うだけなので,好きなエディタソフトやアプリで入力・編集ができる。その汎用性の高さを好む人も一定程度いるというわけである。

そのマークダウン記法で入力されたテキストをスライド形式にレイアウトしてくれるというソフトがある。「Marp」(Markdown Presentation Writer)はその一つ。

個人的にはKeynoteとかGoogle Slideとか,シンプルなソフトを使ってスライド作成する機会は多かったけれども,頭痛の中での作業だと,見た目のことを考えずに淡々と内容を入力するくらいしかできない。今まさにそんなシチュエーションだったので,このMarpとか,Mac用だと「Deckset」といったアプリを利用する絶好の機会がやってきたわけである。

…とツールを品定めして終わった。

20181011_Thu

木曜日なのに月曜授業。

祝日のルールが変わってから,大学にとっての月曜日は実に面倒な存在になった。何かの祝日は月曜日に寄せられて,他の曜日に比して授業回数進度や確保が難しくなったからだ。今回の体育の日もそれだ。そのため木曜と入れ替えられた。

それと合わせてローカルな事情が重なったものだから,後期の月曜日授業は本日ようやく始まったところ。授業オリエンテーションとおおよその内容から。

翌日から大学祭のため午後休講。

学科の学生たちが「こどもひろば」を準備しているので様子を見に行った。案の定,そのまま会場設営の手伝い。教員が手を出すのもどうかと思うが,男手が足りない事情もある。

一日だけの限定開催だが,プログラミングたいけん活動の学生たちが担当するブースも準備が進んでいた。そちらは4年生が中心ということもあって,手を貸さずとも動いていた。

20181008_Mon

体育の日で祝日。

ニコラス・G・カー『クラウド化する世界』(翔泳社)を覗く。

コンピュータネットワークにどっぷり浸かった日常を,もう一度,その始まりから考えたいと思って開いていた。

ちょうど10年前,2008年の著作。原題は”THE BIG SWITCH”(大転換)であり,様々なソフトウェアがネットを介したサービスとなっていく流れの幕開けを記録した本である。カー氏は『ITにお金を使うのは、もうおやめなさい』※(ランダムハウス講談社)や,『〜・バカ』という邦題を付けられてしまう著作をあれこれ書いている人だ。(※『もはやITに戦略的価値はない』という電子書籍になっている。)

気になった部分。

「技術と経済の相互作用が最も明らかに見ることができるのは,社会に不可欠な資源が提供される方法に変化が起きるという,ごくまれな機会である。」「その他の重要な多種多様な資源−−水,輸送,文字,政治組織など−−の供給が変化したことは,社会を形作る経済的取引をも変化させた。百年前に人類は,テクノロジーが人間の身体的能力を超える瞬間に到達したのである。そして今日,我々は同様に,テクノロジーが人間の知的能力を超える時を迎えている。」(27-28頁)

カー氏は,人々の技術進歩の受け入れを,経済の問題として語る。

私たちが電化について,電力インフラを構築した世の中を受け入れたのは,「経済的な力の帰結」と指摘する。これと同じ事が情報化についても起こっているとカー氏は述べているし,実際,私たちはそうやってインターネットに支えられた社会を受け入れている。

「クリックがもたらす結果が明らかになるまでには長い時間がかかるだろう。しかし,インターネット楽観主義者が抱きがちな希望的観測,すなわち「ウェブはより豊かな文化を創造し,人々の調和と相互理解を促進するだろう」という考えを懐疑的に扱わなければならないのは明らかだ。文化的不毛と社会的分裂もまた,等しくあり得る結果なのだ。」(199頁)

経済という観点から電化と情報化を類似的に見ることは容易であっても、文化的な観点から考えた時には,かなり異なる影響のしかたをする。その後に続くカー氏の一連の著作(『〜・バカ』)が,それを掘り下げてたものになっていることも興味深い。

結局,私たちは何をして生きたいのか。そういうベタな問いに戻ってしまった。

20181001_Mon

学会が終わり帰る日。

台風は足早に過ぎ去ろうとしていたが,残念ながら航空会社は午前便の欠航を昨夜のうちに決定。つまり私の乗る予定だった飛行機が飛ばない。

仙台から徳島まで陸路でひたすら移動して帰る1日となった。

腰が痛い。

もっとも,早いうちに陸路の座席予約を完了して確保できたので,立ちっぱなしの移動にならなかったことは幸いと考えるべきか。台風の影響で移動手段の振り替え等を迫られた人々が,発券機や窓口に行列をなして苦労しながら切符を買って,満席となった列車の中で立ったまま乗車。台風の影響は本当に悩ましい。