日本教育工学会2日目

2018年9月28日〜30日に東北大学で日本教育工学会全国大会が開催。

初日は金曜日で職場への出勤とその後の移動となり,参加は2日目から。午前中はポスター発表と口頭発表が行なわれ,午後は全体会とシンポジウムと懇親会だった。

ポスター発表フロアは大変余裕をとったレイアウトで,発表者の周辺に人々が滞留していてもフロアの移動に支障は少なかった。一通りぐるっと回りながらポスターを拝見。口頭発表はメディアリテラシーのセッションで過ごした。質問もちょこちょこと。

シンポジウムは,「EdTech:未来の教育を創る教育工学」というテーマだった。

司会は山田政寛さん(九州大学),基調講演者が浅野大介氏(経済産業省),パネラーに佐藤昌宏氏(デジタルハリウッド大学大学院),斎藤俊則氏(星槎大学),島田敬士氏(九州大学),指定討論者に山内祐平先生(東京大学)という面々。

JSETでEdTechを真正面から取り上げる機会は初めてだと思うし,EdTechは関心をもって眺め続けていたので,シンポジウムの行方を興味深く見ていた。と同時に,わりと淡々と眺めていたようにも思う。

登壇者の発表は,それぞれが取り組んでいることを披露されたわけだけれども,EdTechというキーワードに対してそれぞれ違うアプローチだったし,むしろその状態の方がデフォルトのようなところがあって,別のテーマであれば「噛み合ってないじゃん」と言いたくなるのだろうけれど,今回は「そんなもんかもね」的な受け止めの方が強かった。

教育工学でいうところの”Educational Technology”と,EdTechでいうところの””Education x Technology”にどんな違いがあるのか。佐藤氏は”Innovation”が起こるか起こらないかで区別をつけたいようだ。経産省の浅野氏も学校教育という本丸的なところでなく,塾や通信教育といった場での革新を期待している点で同じ意見じゃないだろうか。

斎藤氏は情報処理国際連合 IFIP(International Federation for Information Processing)に参加されているということで,そこで展開されている「Digital Agency」について紹介されていた。EdTechが向かう先が何かを考える,という切り口だったように思う。

島田氏は九州大学で行われているラーニングアナリティクスの取り組みについて紹介されていて,「経験則的教育からデータ科学的教育へ」移行することが学習者を支援するのに有効であることを信じているといった立場と思う。そのためにデータ分析をグリグリとやるところで情報技術を使うところがEdTechと似ていると認識されているのだろう。

立場が違ったままEdTechというキーワードだけで居合わせた登壇者に対して,串刺しに質問を投げかけるのは結構難しい。そこで山内先生は「EdTech」という言葉へのスタンスを問うて,教育現場をどう巻き込み関わっていくのか,学術コミュニティとしての教育工学への期待を聞くことで四者の違いを浮き上がらせつつ,個別質問につなげていた。

浅野氏も佐藤氏も自身の経験を踏まえ変革の必要性を痛感されているので,具体像は個別いろいろあってもよいので変革(イノベーション)が誘発促進される条件整備や状況を生み出したいと考えている。なので,それを可能にするテクノロジーならウェルカムだし,教育工学研究がそのテクノロジーに貢献してくれたり,お墨付きを与えてくれるといったことを期待しているのではないか。

斎藤氏はIFIPや他の国際組織・学会などのように,方向性を指し示すようなコンセプチュアル・ペーパー(展望提示型研究論文)をもっと若い世代の人たちが発表すべきではないかと提案されていた。

島田氏は自身のバックグラウンドが画像処理研究であることから,情報処理分野と教育工学分野で同じ言葉なのに異なる意味を指しているものがあることをあげ,たとえばそれらを手始めに両分野の知見を融合して研究するのも面白いと発言した。(たとえばディープラーニングは,一方は機械学習の方式のことで,一方は深い学びのことを指すなど。)

さて,今回の議論をどう受け止めるべきか。

EdTech,特にイノベーションと抱き合わせたものに見られるサイクルの速さを捉えて,山内先生は「研究のスピード感を上げることが求められているかもしれない」ということを述べられていた。それに呼応した教育工学会での発表ステップについても言及されていた。

学会側にしてみれば,生み出される研究成果をEdTechムーブメントを介して世に問えることはメリットにもなるし,世の中はそういうスピード感で動こうとしているのだと認識を持つことは大事ということになる。

EdTechというキーワードのもとに集う人々にとっても,活動の原動力や源泉が何であるかはともかくとして,世の中が良くなる,教育・学習がより良くなることにもプラスになるなら,それはもちろん引き受けたいね,ということだと思う。

そういう割り切った関係で一緒にやっていこうぜ的なものに,文句を言える部分は少ないので,シンポジウムを終えて,懇親会の場になって,いろんな先生に「なんか言いたいことあるんじゃないの?」と言われても,正直,今回のシンポジウムのバランスにケチのつけようがなかった。

でも,その後もずっと考えて,気がついたら取り残されて二次会どこにも紛れ込めず,仕方ないからヨドバシカメラに向かって,iPhone XSとかGoPro HERO 7 Blackとか,Apple Watchとか触っていた。どれも買えなかった。

ふむ。

Appleがイノベーションを起こして世界を変えたと人はいう。

でも,Appleのことに関心がある人は,あの会社が地道な研究開発を重ねて出してくるものは真新しいものでなく既存の技術を熟成させたものが多いと知っている。

そもそもイノベーションというのは,猛スピードで登場する目新しきものに宿るのだろうか。現れては消える真新しきものの中で,限られた条件を満たしたものが生き残るといった感じではないだろうか。

それはまるでAIの学習過程を追体験しているようにも感じてきた。求める結果に適合する学習済みモデルを生成するため,ひたすらデータを投入するようなプロセス。もしかして,EdTechの人々は教育工学研究の成果を取っ替え引っ替えの対象にしようとしているのではないかというイメージ。

だからこそ教育工学研究は,学術界にしかできないコンセプトやビューポイントを生成発信することを強化しなければならないというメッセージを受け取ったのだろうか。

結局,IT業界を牛耳っているのがプラットフォームを陣取ったGAFAと言われているように,強い影響を与えるのが,目まぐるしいイノベーションを狙う企業ではなく,スケール出来る基盤を地道につくった企業であることを考えると,安易にEdTechという言葉で踊る必要はないのかもしれない。踊ってもらう基盤をどうするのか。そのことの方が大事ということかもしれない。

とはいえ,それは踊らないということではなくて,むしろ目まぐるしく踊っておくことで,それが何であるかを感得しておく必要はあると思う。その意味では,日本教育工学会がスピード感を持ってプラットフォーマーとしての変革をどう生み出していくのか。たくさんたくさん考えなければならないと思う。

と,なんとなく考えて過ごす。今は学会3日目のお昼。お腹がすいた。

追記(10/2):

司会の山田さんがシンポジウム報告をブログに書かれています。