成功と失敗の唯一の分岐点

「成功と失敗の唯一の分岐点はエラーの数だ」

ヒューマンエラーを研究する邱氏の『ERROR FREE −世界のトップ企業がこぞって採用したMIT博士のミスを減らす秘訣−』(文響社2022)は,そんな導入で始まっている。

日本の出版物はビジネス書扱いとなると邦題の付け方が長くなりがちなので,以下は英語表記をカタカナに開いて『エラーフリー』にしたい。

無謬性の原則に従ってきた行政官僚の世界に従属している公立学校教育は,どうしても「間違えない」ことを期待されてしまう。子ども達には「間違えさせない」ことを暗に目指していたところもある。

ある意味では「エラーフリー」を目指しているとも言えるが,日本の場合は「エラーは存在しない」というスタンスを確立することが優先されているように見えて,『エラーフリー』が説いている「エラーフリー思考」とは異なっているように思う。

邱氏が説明しいる「エラーフリー思考」は…

1. 人間は誰でもエラーを犯す可能性がある。
2. すべてのエラーは防ぐことができる。
3. エラーにはさまざまな発生源と形式があり,それに応じた解決策がある。
4. 組織の全員が,エラーフリーで仕事を進める方法と,エラーフリーの社内システムを構築する方法を知る必要がある。

という4つの命題で構成されている。

これだけ読むと「エラーを防ぐ」ことに焦点が当たりがちで,日本なら「エラー回避」から「エラーにつながる行為の回避」に思考がめぐりそうである。

ただ,この本で重要なのは「エラーにはさまざまな発生源と形式があり,それに応じた解決策がある。」の部分であり,解決策の妥当性や効果のほどはともかくとして,過去の様々なエラー事例を研究して分析整理したところが興味深い。

それによると,エラーには2つの形式,ヒューマンエラーには3つの型があるという。

エラーの2つの形式
 1.「省略エラー」(omission error)
 2.「誤処理エラー」(commission error)

省略エラー」という日本語字面だと直観的ではないが,「実行しない」エラーという言い方で「なすべきことや下すべき決断があるのに,驕りや迷い,怠慢から,あるいは現状変更に対する恐れから,何もしなかったために起こるエラー」と説明されている。企業の失敗のほとんどが省略エラーに起因しているという。

一方の「誤処理エラー」は,「実行して間違う」エラーであり,「行動して決定も下したが,その決定が間違っていた」というものだ。こうした間違いを犯した多くの企業リーダーが,仮に倒産に結びついたとしてもなお,どこが悪かったか理解できずにいるという。

この2形式を日本の教育行政とか学校教育に重ねて考えるだけでも,いろいろな立ち回りが思い浮かぶ。

ヒューマンエラーの3つの型
 1. 知識型エラー(knowledge-based errors)
 2. 規則型エラー(rule-based errors)
 3. スキル型エラー(skill-based errors)

ヒューマンエラーの型は,仕事内容と関係していて,「知識型エラー」は意思決定,問題解決,交渉,分析,審査,設計,計画,危機管理といった知識を要する仕事で発生するエラー,「規則型エラー」は作業手順書のようなルールやフローにおける規則に従って行なう作業で発生するエラー,「スキル型エラー」は規則的な定型作業を繰り返したことで習熟したスキルとして作業する中で発生するエラーとされる。

『エラーフリー』では,これをマトリクスに置いて,6タイプに分類を進める。

ヒューマンエラーの3つの3タイプと2形式
誤処理エラー 省略エラー
知識型エラー ミステイクエラー 10% 不作為エラー 30%
規則型エラー 遂行エラー 1% 怠慢エラー 5%
スキル型エラー スリップエラー 0.1% ラプスエラー 0.3%

表内の数値はエラー発生率。これらエラーには発生までの潜伏期間がある。またエラーの数は,時間経過とともに増加していく(たとえば根本原因を放置して機会損失を繰り返していくような)イメージであるため,早く対処する必要がある。

こうやってヒューマンエラーを検討したうえで,様々な対応を考えるというのがこの本のメインということになる。とはいえ,型ごとの原因解説やどんな回避策があるかを論じている後続部分は,特段珍しいことを記述したり提案しているわけではない。

たとえば,なぜ歴史は失敗を繰り返すのかという問いに「前の世代が学んだ教訓を次の世代で効果的に変更することができない」という答えを示すが,データやマインドセット研究によって導き出したという点は貴重ではあるものの,説明自体は目新しいわけでもない。

またこの本には,エラーを防止する14のテクノロジー・ポイントを実現するための方策といった提案云々もあるが,この部分は企業向けの色が強いので,日本の学校教育とかの文脈で考えるにはもっとアレンジが必要かも知れない。

いずれにしても,もとから「間違いがないためのエラー回避」を追究してきたような日本では,「わかっちゃいるけどやらないやめられない」ということばかりという感想にならざるを得ないだろうか。

GIGAスクールの時代になって,教育の情報化や教育ICT活用は,一時的にせよ機器環境の問題が取り払われた。いま展開している事柄は,ほとんどヒューマンファクターに基づいた問題や課題だ。だとすれば,『エラーフリー』で示されている分類を参照しながら,丁寧に現状把握してみるのも意味はある。

そうしたとき,おそらく日本は,知識型エラーに対する働きかけはたくさんあるけれど,規則型エラーに対するフォローは意外と弱いのではないかといった分析も浮かび上がるかも知れない。もしくは,そもそもエラー率の割合が過去の分析と全く異なる可能性だってあるかも知れない。

だから,長きにわたるこれまでの教育の情報化に関するアプローチも,まるで的外れなことを続けていた可能性だってあるわけで,無謬性の原則を守るがために踏襲し続けているのだとすれば,そこからの脱却が先なのかも知れない。

もっとも,令和に入って,平成最後の学習指導要領は大胆に方針を変えているし,文部科学省だって組織構成など変えて臨んでいたりするし,コロナ禍が従前のいろいろを壊してくれた側面もある。

そんな状況にあれば,いろんな間違いも当たり前のように生じており,エラーを前提としてそれを回避していくという考え方も受入れやすい。

今回の『エラーフリー』は,「成功と失敗の唯一の分岐点はエラーの数だ」と言及したが,これは決してエラーがあったら成功しないということを意味していない。エラーには種類があって,もちろん致命的なエラーはあれど,発生しても掌握できるエラーもあるのだから,そういうものに対して適切に対処していく経験を積むことも重要だろう。

この本が最後に「機会」というものに触れてエラー情報の共有について言及しているのも,そんなことを期待しているからじゃないかなと思う。