パズル的思考

かつて『パズラー』という総合パズル雑誌が発行されていました。

1983年に創刊、2000年に休刊し、現在はその名を発行元であった世界文化社が運営する「インターネットパズラー」というパズル関係出版物の情報発信サイトで引き継いでいるのみです。

比較的大きな書店には様々なタイプのパズル雑誌が並ぶコーナーが設けられているので、パズル誌のジャンル自体は現在も健在ですが、総合パズル誌は老舗の『パズル通信ニコリ』(季刊)を残すのみで、ほとんどは細分化された雑誌です。

パズル通信ニコリは1980年に創刊された日本初のパズル雑誌であり、パズラーは後発雑誌ということになります。しかし、発行元のニコリが会社を立ち上げるのは1983年で、流通は大手取り次ぎではなく地方・小出版流通センターを利用しているため、場所によっては入手性が良くありませんでした。そのため、全国書店で目にしやすかったのはパズラーの方であり、それが日本初のパズル雑誌はどっちだ論争の火種の原因にもなりました。

パズルといっても多種多様なタイプがあり、その中からあるタイプのパズルがヒットを飛ばし人気が出ると、そのタイプに特化した特集雑誌や別冊ムックなどが発行されていきました。そうやって、人気のあるタイプのものを集中的に掲載するタイプの出版物が増加していき、やがて「総合誌」の立場が少しずつ危うくなったのです。

少数流通で地道に発行を続けるニコリと、全国書店に流通させてきたパズラーの明暗は、ここではっきりと分かれていきます。

そもそも両誌の編集コンセプトも、ゆる楽しいニコリと、マニアックなパズラーといった感じでかなり異なるものでした。また、パズラーの方は懸賞パズルやタイアップパズルなど、いわゆる80年代のミーハー気分を伴った勢いを背に受けていた雑誌の一つです。

パズラー全盛期はそうした側面が楽しかったわけですが、そのような盛り上がりには、大概、下り坂が待ち受けているもの。勢いがいつかのリニューアルで途切れてしまったことが、パズラーを休刊に向かわせました。

様々なパズルとの出合いを提供する総合誌としてだけでなく、パズルという素材を武器に異なるジャンルやテーマ、別の界隈の人々を引き込んで賑やかに展開していた全盛期のパズラーは、本当に楽しい雑誌でした。

そんなパズラーを創刊時から支えていた人々の中に、「菫工房」というパズル作家集団がありました。

その主宰とも言うべき人物が超有名パズル作家の西尾徹也さんです。その西尾さんが新刊を出したというので買いました。

所々に挿し込まれた西尾さんのコラムや「パズル年表」をちょこちょこと読んで楽しみました。西尾さんはパズラー側の人なので、年表も若干パズラー寄りです。^_^;

一方、ニコリ側についても、昨年(2022年)のうちにこんな書籍が発行されていました。

ニコリの創刊メンバーで、パズル「数独」の父として世界でも知られている鍛冶真起さんが2021年8月に逝去されていたのです。その鍛冶さんについてかかれた本です。

西尾さんと鍛冶さんは、ともに同じ数字パズルを日本に持ち込み、それぞれの呼び方を付けて普及に尽力した関係にあります。方やパズラー側の「ナンバープレース」(ナンプレ)、方やニコリ側の「数字は独身に限る」(数独)というわけで、二誌のライバル関係は、こういうところにも表れていました。

そんなお二人に関する書籍が出たこのタイミングは、日本のパズルを振りかえってみる、よい機会なのではないかと思いました。

私個人は、中学校の数学の先生がパズル好きな方で、クラブ活動で雑誌パズラーや米国のパズル作家サム・ロイドのパズルを紹介してもらったことをきっかけに関心を持ちました。

当時はメイズを解いたり作成したり、ウィットに富んだ謎解きパズルを楽しんだりしました。パズル経験はお遊び程度で、クロスワードや数独などをやり込んだりもしない、かなりライトなパズル愛好家です。

それでも謎解きものは、いまでもワクワクする感覚がわきますし、ロジカルなパズルも興味があります。おそらく、プログラミングに興味があるのもそうしたパズルへの興味が下敷きにあったからだろうと思います。

プログラミングはChatGPTあたりに聞けばかなり助けてくれるようになったので、この機会に、もう一度パズルへの関心を高めて、楽しんでみようかなと思っているところです。

ちなみにパズル的思考なんて言葉はありませんが、もしも推論課題を解く経験が人間にとって有効なのであれば、学校でもっとパズルに触れる機会を増やしてもいいかも知れません。それだったらプログラミングとかに抵抗を抱く先生方にも、だいぶ柔らかく受け止めてもらえるんじゃないかと思ったり。

いまは無きパズラーに思いをはせながら、パズル通信ニコリを手に入れたので、時間があったらちびちび解いてみようと思います。