教育の遠さと近さ

4月7日夜に緊急事態宣言が7都道府県に対し発出されてから間もなく1ヶ月。4月16日には対象が全国に広げられていました。

学校が休校措置に関わる混乱は,2月27日の新型コロナウイルス感染症対策本部の場で示された全国一斉臨時休校の要請に始まり,いま現在も続いています。

4月30日には,5月6日までとされた緊急事態宣言の延長の考えが示され,関係方面の調整が進行しているようです。

私自身も,この状況下で,遠隔教育を実施する事態に直面し,大学が以前より契約しているGoogleクラスルームという支援システムをすべての授業科目に採用する形で授業を開始しています。

考えなければならない課題は山積したままの見切り発車ではありますし,学生達にはGoogleクラスルームを使うこと以外,各授業で違うやり方に慣れてもらう面倒をかけることになりますが,今のところ課題配布中心型が多そうだということもあって,大きなトラブルは出ていません。

一部の授業では,動画教材やzoom等のテレカンファレンス・ツールを利用した双方向授業を試みたり,私のようにスライドと音声解説を組み合わせるパターンもあるといったわりと緩い雰囲気です。

問題は,こんな形で始まった”教授”や”学習”は持続するのか,学習の目標達成を評価する段取りをどうするのかといった所。通信教育や放送教育の世界にはそれなりのノウハウや経験があるのでしょうけれど,それを私たちが共有できていない現実もあって,あるいは車輪の再発明をやっているのかも知れません。

教育を歴史・文化的に捉え返せば,そもそも家族関係のもとで形成される「家庭」における養育や教育が原初であり,近しい者との関係形成を通して生活知を学んでいくのが,そのイメージであると思います。

教育を担う責任主体が,家庭から社会へと移行するのは,社会にとって教育された人の存在がいろいろな意味で重要となり,教育を家庭だけで担うことが難しくなってきたことが背景にあります。

地域の共同体の中に,学習者を集めて教授する場(学校)が生まれ,そこからずっと対面による教育が続いてきました。

一方,学習者が遠出可能な年齢にまで成長すれば,別の都市へと移動して教えを授かることもありました。実際,大学の歴史では,専門知識を学ぶために個人や集団が都市を移動することもあったといいます。

人の動きだけではありません。知識自体もまた,人々が住む地を繋いで移動していったとされています。かつて私立専門学校が講義登録者に向けて発行したとされる講義録が,遠隔教育の教科書の走りとされています。

斯様に教育は,人々が専門知識を得るために,学び手の物理的移動をいとわず,やがて印刷物等のメディアによって知識をより広範囲に移動させていくことで,その需要を満たそうとしました。

依然として,対面による知の鍛錬は,対話や問答を通した知の獲得形態として極めて強固に支持されています。一方で,遠隔教育あるいは通信教育は,あくまでも対面が叶わない場合の補助的な位置づけであり,スクーリングといった対面の機会を可能な限り確保することが求められています。

今回の新型コロナウェルス感染に関する事態によって,対面による授業や活動が制限され,学校の場が物理的な面会に支えられていたことをあらためて確認することとなりました。

一方で,面会を果たせない事態に対して、何ら備えをしていなかったこと。つまり、その場を去れば、その関係性をほぼ失うこと(それを私たちは卒業と言ってみたりするわけですが)になることもあらためて浮き彫りにしました。

直面してしまった事態に対し,ICTの活用が必要であるとの声も多く上がり,文部科学省からの事務連絡においても,児童生徒学生の学びを保証するためICTやオンライン授業などを従来の考え方に捉われず積極的に活用するよう何度も取り上げられるに至っています。

とはいえ,日本の学校教育関係者のほとんどがICT活用を真正面から取り組むことなく過ごしてきたため,物理的面会に最適化された近接的な距離感を,オンラインやネットワーク特有の距離感に置き換えることに苦労しています。

それは,対面という近距離が持っていた遠さに慣れきって,遠隔地を結ぶメディアがもたらす妙な接触感や拘束感に無防備であること。それゆえ,ネットの世界といったものを極力排除しようとしてきたことからもわかります。

ただ,学校で長く続いてきた排除の歴史の間に,この妙な近接感と拘束感をものにしてきたのが娯楽や消費の世界です。ネットの世界に教育的なものが限られているのに比して,商業的なものは膨大なのは,単純にネット等のメディアと対峙した時間の長さの違いです。

まもなく感染確認者数が下降傾向に入り,いずれは条件付きとはいえ学校の段階的な再開も実施されると思います。

今後どのような形になろうと,児童生徒学生の学びが前進することを優先的に考えることは変わりませんが,今回の事態で経験したことを,なるべく活かす形で学校教育が変わっていくことを願います。

音声講義の収録環境

4月16日(木)に緊急事態宣言対象が全国に広げられました。

5月6日までを期間として措置が行なわれ,地域によって対応が異なるものの,公立学校の多くが休校となって,関係者が対応に追われています。

一部では,5月6日以降も事態好転は困難ではないかと予想し,休校継続の場合の在り方さえ,本格的に検討されています。これは普段からの危機管理対応体制の準備が如実に表れているため,基礎自治体によって本当に様々なようです。

私が住む徳島県は,検査による感染判明者数がゼロ(判明していた3人の感染者は回復し陰性判定済み)であるため,状況として幸いな反面,意識としての危機感や恐怖感は高まり,人に対する猜疑心でギスギスしているようです。

このような中で,私の勤務校も明日(4/20)からWebで授業開始です。

ニュースでもオンライン授業の取り組みが様々紹介されています。

テレワーク(Work from Home)での利用事例が多い事もあってか,教育分野でもZoomというビデオ会議システムを利用する試みも目立ちますし,動画教材を撮影・制作してYouTube等で配信する例もあるようです。

私も普段から授業で利用しているGoogle Classroomに動画を掲載して,オンライン授業に対応すればいいかなという程度の考えでいました。

私個人の性格もあって,環境づくりをしながら今後の作業構想を練るという段取りが得意なので,まずは手持ちの機材を確認し,どう組み合わせれば目的を達成できるのか試行錯誤を始める事にしました。

そうすると,動画収録環境を構築するという道のり途中で,音声収録環境の整備さえすれば目標達成できる部分も見つかったりします。講話中心の授業であれば,ラジオ講座のような方式でOKなのです。

すでに「ポッドキャスト」や「インターネットラジオ」の試みはしていましたので,そういうものにコンテンツを載せれば出来上がりです。

さて,音声収録環境です。

iPhone等のスマートフォンは,音声・映像処理部品の塊みたいなものなので,パソコンの下手なマイクやカメラに比べれば,はるかに性能の良いマイクとカメラで音声と映像を収録する事が可能です。

講義の音声ファイルをもっとも簡易に収録したいなら,スマートフォンと適切なアプリを組み合わせれば実現可能です。

お望みであればiPhoneアクセサリとして外部オーディオ機材を組み合わせればさらにグレードアップできます。

iPhoneアクセサリ(Apple Online Store)
https://www.apple.com/jp/shop/iphone/iphone-accessories/creativity

とはいえ,編集等の作業をするなど,パソコンで収録環境を構築したい場合があります。

今回は次のようなパソコンと機材で収録環境を構築しました。

○コンピュータ
Mac(macOS端末)
https://www.apple.com/jp/mac/
○ソフトウェア
Hindenburg Journalist(ポッドキャスト/インタビュー編集ソフト)
https://hindenburg.com/products/hindenburg-journalist
○オーディオインターフェイス
Audient evo4
http://www.allaccess.co.jp/audient/evo4/
○マイク
Shure SM58(ダイナミックマイク)
https://www.shure.com/ja-JP/products/microphones/sm58

追加の機材を導入するだけの価値があるかといわれると,これは収録した音声を聴く人の価値観によって答えが変わってくるかも知れませんが,私個人としては少しでも収録成果が良くなる事を目指しました。

iPhoneで収録した音声
macと追加機材で収録した音声

どちらも同じ環境の中で,口元とマイクの距離も似たような距離で収録し,違い過ぎてはいけないので,ノーマライゼーションという最大音量を揃える処理だけ施した結果です。

iPhoneもずいぶんクリアに収録していますが,ホワイトノイズと呼ばれるものも気付けばかなり聞こえていることが分かります。

macの方は,そもそもセッティングとしてマイク感度に合わせたレベル調整を施しているという事もあり,ホワイトノイズ系の音は抑えられていると思います。

もし長時間聴くようなことになれば,このあたりが「聴き疲れ」に関わってくるのではないかと思います。

オーディオ編集ソフト「Hindenburg Journalist」は,Apple社GarageBandをポッドキャストやインタビュー向けに洗練したようなソフトウェア。

有償ですが,音声コンテンツを扱いたい人には都合のよい機能も多く搭載しているので,関心がある人は試してみてください。

オーディオインターフェイス「evo4」を選んだのは,ダイナミックマイクのShure SM58を使いたいという希望が先行した結果です。別の候補としては「ZOOM UAC-2」という製品もありました。

実はオーディオインターフェイスには,もっと安価で手軽なものもたくさんあります。たとえば「ZOOM U-22」はコンパクトで安価なオーディオインターフェイスの一つです。それで十分な場合も確かにあります。

ただ,使うマイクによっては「マイク感度」が弱く,オーディオインターフェイスに補える性能やパワーがあるかどうかによってスペックが違ってくるわけです。安価なものの場合は試してみるまで十分かどうかが分からないということもあります。

そこで,それなりの性能を持ったオーディオインターフェイスを用意する事で,様々な特性のマイクに対応できるようにしておきたいという事がありました。上を目指すと値段にキリはありませんが…。

あるいはミキサーにオーディオインターフェイスが内蔵されたものもあります。その場合,ミキサーの性能次第ではマイク感度を様々に補える可能性があります。これもいろいろあるので確かめてみないといけないのは変わりません。

さて,マイクはShure社のSM58という定番マイクを使用しています。

マイクには,ダイナミックマイクとコンデンサーマイクの2種類に大別されるということは知られていますが,SM58はダイナミックマイク。電源が不要で感度が低いのです。

なぜ感度が低いダイナミックマイクを使うのか。

それは感度が良いと雑音を拾い過ぎるので,それを避けたいためです。

コンデンサーマイクは,電源必要ですが,その代わり感度が高いため,微妙な音を収録する際にはとても役立ちます。プロがそれなりの環境で使えば効果が発揮されるというわけです。

しかし,自宅も職場も実はあまり静粛な環境とはいえない,という一般ユーザーにとっては,感度が高いコンデンサーマイクよりも,感度が低いダイナミックマイクの方が扱いやすい事になります。(ケースバイケースですが…)

先ほどの音声サンプルでiPhoneとmacでの収録の違いをお聴きいただきましたが,まさにあれがコンデンサーマイクとダイナミックマイクの違いであると考えてもらってよいと思います。

というわけで,私の音声収録環境について雑にご紹介しました。

自宅と研究室とでは,収録環境が全く異なるため,実は機材構成もかなり異なるのですが,上記は比較的シンプルな構成をご紹介した次第です。

私の研究室は音声収録にとっては劣悪な環境で,普通に過ごしていても通電音のようなものがずっと鳴り響いていて,最初の数年は気が変になりそうになりましたが,最近は気にしない事ができるようになりました。(それでも聴いている事には変わりないので,それで疲れるんでしょうね)

人間なら気にしない事もできますが,音声収録となると話は別ですので,いろんなノイズリダクションやキャンセリングの技術を使って,なんとか聞き苦しくない音声を収録しようとしています。

とはいえ本来,音声を加工するのはご法度行為。

作品を創るという世界なら別ですが,ありのままの音をありのままに収録するというのが音響収録世界の本来の在り方ですし,そのためにそもそもの収録環境を整えるとか,機材を洗練するとか,聴きやすさの追及も原音をいかに崩さず調整できるかとか,そういう努力が積み重ねられてきた世界なわけです。

普段私たちが聞いている「いい音」は,そうしたプロの仕事のおかげで聴きやすく,疲れにくく,気持ちよく聴けるわけですが,それを自分たちでいざやってみようとすると,なかなか大変なんだという事が分かります。

それだけでなく,コンテンツとしての「音声」自体も重要です。

生まれ持った声も様々だと思いますが,少しでも聴きやすさを向上させるテクニックというものはあると思いますので,そうしたことにも意識したいなと思います。私にとっては一番頭が痛い部分ですが。

good times & bad times

前回ブログ記事からも刻一刻と状況は変わり,首都東京の感染者数の止まらない増加傾向と日本医師会の「医療危機的状況」宣言によって,私たちが本当に恐れなければならない事態が見え始めました。

厚生労働省・新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の4/1提言を踏まえて,3/24付けで出された文部科学省「新型コロナウイルス感染症に対応した臨時休業の実施に関するガイドライン」が4/1改訂されました。これにより新年度からの学校再開機運は地域の別はあれ一気に休校継続へと引き戻されていきました。

3/31の内閣府・経済財政諮問会議では,緊急経済対策とともに「デジタル・ニューディールの推進」が議題に上がり,デジタル化・リモート化の環境整備を進めることが議論されました。その中で遠隔教育やオンライン授業についても言及されました。

総務省は,家庭からのオンラインラーニングやリモートワークを後押しするために,情報通信ネットワーク整備推進の補正予算を立案や,電気通信事業者関連の団体に学生の通信環境の確保,通信費負担軽減等を要請するなど動きを見せています。

4/2の内閣府・規制改革推進会議「新型コロナウイルス感染症対策に関する特命タスクフォース」では,遠隔医療と遠隔教育に関して議論されました。このうち遠隔教育に関しては「ICT環境の早急な整備」「遠隔授業における受信側の教師設置基準の見直し」「遠隔授業における「同時双方向」要件の撤廃」「遠隔授業における単位取得数の制限緩和」「オンラインカリキュラムの整備」「オンラインでの学びに対する著作権要件の整理」といった論点が取り上げられています。

オンライン授業に関しては,著作権制限に関するハードルがありますが,これに関しては平成30年の著作権法改正で「授業目的公衆送信補償金制度」が規定され,すでにその保証金をやり取りするための窓口団体である「一般社団法人 授業目的公衆送信補償金等管理協会」(SARTRAS:サートラス)が設立されていましたが,制度をいつ始めるのかの様子を窺っていた状態でした。

休校延長や授業開始延期等の緊急事態にあたり,授業目的での著作物利用(オンライン授業での教科書等の著作物利用)に関して特別な配慮をする動き[文化庁SARTRAS文部科学省],授業目的公衆送信補償金制度の前倒し施行を求める動きなど,これまでであれば後手にされがちであった事柄が喫緊の課題として繰り上がってきたのです。文化庁は前倒しを決めたようです[共同通信]。

4/3首相官邸・未来投資会議では,論点メモの中には「学校現場におけるオーダーメイド型教育(ギガ・スクール)」という議題も含まれ,感染症の影響だけでなく,5Gといった進行中である技術革新を踏まえた今後の方向性についても同時進行的に話し合われています。

携帯通信企業3社は,先の要請の流れもあって,25歳以下のスマートフォン利用者のデータ通信料についての支援措置を打ち出しています。[NTTドコモau by KDDIソフトバンクモバイル

学校関係者(教師や児童生徒たち)によるオンラインの集合や授業が世界中で行なわれていることが一般ニュースの項目として報道され,その視聴者もまたそれに関わらなくてはならない立場に立っているという,類い稀なる事態によって,教育ICTに対する注目はかつてないほど高まっています。

しかし,多くの学校や多くの家庭が,そうした事態に初めて遭遇することでもあり,何の準備もないこと,何から取り組めばいいのか,必要なものが何なのか,そもそもそれは自分たちが取り組むべきことなのかといった様々な疑問や不安が広がっています。

昨年末から急展開していたGIGAスクール構想は,そもそも学校内のネットワーク整備と児童生徒数分の端末整備が守備範囲の施策であり,一人ひとりが自宅で学習することをフォローするものではありませんでした。今回の事態のために前倒しするといっても,あくまでオプションだった「持ち帰り利用」をメインに据えるようにデザインし直すのは大変な作業です。

学校の先生達にとっても,本年度からは新しい学習指導要領にもとづくの授業の実施が始まるため,そのことだけでも手一杯だったところに,感染症予防対策業務が発生し,さらにオンライン授業のための教育方法を突貫的に習得しながら実践しなければならないとなれば,今年度の教育活動や個々の子どもたちの教科学習的な成長について,ほとんど誰も結果を見通せないのが現実です。

先回書いたように「あの日にかえりたい」という心理がないわけではないものの,事態はすでに厳しい局面に突入しているわけで,この緊急事態の中で,できるだけ先を見通しながらもできることから地道に取り組んでいくしかないといった状況だと思います。

こうした厳しい状況下で,様々なところで様々なノウハウの共有活動も活発化しているようです。悪い時だからこそ,協力し合って良い時を作り出していこうとするのは大事なこと。

確かに,非常事態に便乗した形でしか私たちは物事を変えられないのだろうかと,少し残念な思いを感ずる時もあります。普段から協力し合えていれば,もっと備えもできていただろうにと。

とはいえ,この期に及んで何もしないというわけにはいかないわけで,危機をうまく転じて私たちの未来に繋げていける前向きさも持ち続けたいものです。今回の事態で,苦しんでいたり,哀しいことになっている人たちのことを想いながらも,自分たちの身を守りつつ,考え続け,行動できるように準備したいと思います。

あの日にかえりたい

令和元年度を経て、令和2年度が始まります。

新型コロナウイルス感染拡大という事態は,昨年12月に中国・武漢の感染者発覚から表面化し、年明けから中国はもとより世界を襲い始めました。

1月31日にようやくWHOが「緊急事態宣言」を出し、日本では2月3日以降クルーズ船「ダイヤモンド・プリセンス」号での感染症対策活動に関する報道を通して,徐々に危機感が高まりました。

その後、2月27日に突如全国的な臨時休校要請が発表され,その他の社会的要請とも相まって,人々の社会的行動や経済的活動に甚大な影響を及ぼして今日に至っていることはご承知のことと思います。

3月2日から始まった臨時休校は,3月20日には要請の緩和方針が打ち出され,文部科学大臣は年度初めから従来通りの学校再開を目指してガイドライン等を準備するといった流れでした。

東京オリンピックの延期決定,そして東京都の感染確認人数の増加と感染爆発(オーバーシュート)による重大局面。国内における「緊急事態宣言」がなされるかどうかを巡って思惑や情報が錯綜しています。

厳し目の予測をして慎重な対応をすることが重要と考えていますが,事態の深刻さにもかかわらず,適切な情報や実感が掴みにくい現状に,正直なところ,何かを考えて語ることの難しさだけが押し寄せていました。

この間,教育とICTの世界に関して言えば,ネットワークとコミュニケーションサービスを利用した「オンライン学会」や「オンライン授業」といった取り組みに注目が集まり、さらに臨時休校中の家庭における学習を支援する様々なコンテンツやサービスの無償提供が注目されました。

オンラインで家から授業を受けるという未来予想図に押し込められていた取り組みが,全国一律の休校要請によって,すべての学校関係者にとって等しく大きな関心事になったというのは,これまで無かった一大事です。

全国の児童生徒1人1台の情報端末の整備をうたったGIGAスクール事業が決定した時でさえ,学校関係者の関心にほとんどのぼらなかったというのに,厄災である新型コロナによってデジタル教材やオンライン授業が関心事にのぼったのは皮肉という感じもします。

しかし,臨時休校緩和の方向が示され,地域の実情に即してとはいえ新年度から従前通り学校を再開するとなってから,盛り上がったオンラインへの関心も(大学を除いて)急速にしぼみつつあります。

基本的に学校は「通常状態」(いつもと同じ)に戻りたがる組織です。

逆に言えば,いつもと違うことを嫌がりますし,何かが起った場合には「あの日にかえりたい」と常に思いをはせる場所でもあります。そうならないために,あらゆることを遮断もします。

ただ,それでカバーできない事態が起ると,学校レベルや教育委員会レベルでは思考停止をする他なく,国レベルの指導を求める傾向が極めて強いのです。

そういう制度的な仕組みにしてしまっているので,良いも悪いもないのですが,少なくとも,何かをより良く変えることが難しいことの一因ではあります。

新型コロナウイルスの感染拡大という緊急事態は、いろいろな側面から,こうした仕組みや体質,傾向などを明るみにする機会となっています。また,これからの学校教育では不測の事態に迅速的確に対応する能力の育成もねらいに込められていることを考えると,現況への対応一つ一つがすでに新たな学校教育の取り組みそのものなのだということも見えてきます。

であるにもかかわらず,驚くほど何もできていない私たちや日本社会の現実について,やるせなさを感じます。

いろんなことでのチグハグさを目の当たりにして考え込んでしまうのです。

たぶん,理不尽な物事にも何かしらの事情や思惑があるのだろうと,違う立場での捉え方に想像を巡らせてみるのですが,限られた情報や知識のもとでは想像にも限界があります。

理屈で考えても納得できないことは幾らもあり,最終的には「今までがそうだから」が理由なのだろう…としか結論づけられないことも多いのです。

私個人は,これを機にいろんな見直しや変化が起ることを臨んでいる立場ですが,一方で、心のどこかで「あの日にかえりたい」と思ってしまう気持ちもどこかで理解できたりします。

感染症拡大は波のように何度も押し寄せて、次第に弱まっていく形で長期に付き合うことになるのだと思います。物事の変化も似たようなものなのかも知れません。一気に盛り上がれば,一気に下がるタイミングもある。それを繰り返しながら徐々に浸透するのかもしれません。

令和2年度も引き続き徳島文理大学にて在職しています。新たな挑戦を模索しながら新年度も頑張っていきたいと思います。

JSET全国大会の試行的オンライン化

2020年2月29日-3月1日に長野県・信州大学教育学部で日本教育工学会(JSET)の春季全国大会が開催される予定でした。

しかし,新型コロナ肺炎の感染拡大防止の社会的な動きに対応するため,現地での全国大会開催は中止。予定されていた発表は「されたもの」として扱うことが決定されました。

その上で,この機を捉えて試行的にオンラインで開催することが提案され,学会側の柔軟な承認と開催校の手腕によって短時間のうちに条件が整えられていきました。こうして緊急事態に直面したピンチをチャンスに変えて,JSET全国大会が試行的にオンライン化されることになったのです。

その裏舞台紹介に関しては開催校からすでに情報発信されています。

「学会全国大会のオンラインでの試行開催の運用メモ」日本教育工学会2020年度春季大会実行委員会(信州大学)
https://cril-shinshu-u.info/archives/1473

私自身は,いろんな事情から事前申込ができずにいて,開催される場合でも居住地・徳島と開催地・長野という遠距離を移動して参加すべきか悩んでいる状態でした。そこへオンラインで開催するニュースが届き,さっそくオンライン学会のための参加申込の手続きをしたわけです。

参加者側から

新たな設けられたオンライン開催(試行)への申込受付は,前日(2/28)までを締切として特別に用意されたものです。

段取りは通常の事前申込と同じで,Web上の申込が済むと2通のメールが届きます。一つは「申し込み確認メール」,もう一つが「決済完了通知メール」です。そして「決済完了通知メール」に参加者向けの学会WebページURLが掲載されています。講演論文集PDFもそのページからダウンロードできます。

上記の開催校の裏舞台紹介でも書かれているように「オンライン開催向け情報」は別途Webページが用意されることとなり,ビデオ会議システムZoomを利用したオンラインの学会会場の情報は,基本的に別途用意された側を参照することになりました。

付加的に急きょ準備されたため,当然のことながらWeb導線が煩雑になってしまうのは仕方ないことでした。

たとえば,今回のオンラインに参加する/しない発表者の情報はPDFにまとめられましたが,そのPDFは現地開催向けのWebページにリンクが用意され,オンライン開催向けWebページに進んでしまうと見落としがちでした。
また,会議室へのURLを掲載したPDFは,上のPDFとは別途用意されたため,多少混乱することもありました。くわえて別途Webページ版も用意するなど,間口を広げる配慮が,うまく機能する場面もあったし,逆に迷いを誘う結果ももたらしていたところはあったと思います。

Zoom会議室への参加は,Zoomアプリのインストールに成功し,少しばかり操作等を覚えれば,視聴する分には問題はなかったのではないかと思います。それぞれのセッション進行も,事前の説明資料も用意されたり,事務局側が段取りイメージを固めていたこともあって,ほぼ問題がなかったと思います。このあたりは短時間にも関わらず,いろんな想定をして準備を整えた信州大学の皆さんの功績です。

質疑は「手を挙げる」機能を利用することで発言の意思表示を行なって,司会者から指名を受けてからマイクをONにして発言する流れでした。

当初私は,初代iPad ProからZoomに参加していましたが,このiPad版だと,質疑応答に少々問題が発生していました。

iPad版Zoomアプリは,チャットと参加者一覧を画面内の脇に常時表示できない(画面中央を陣取ってしまう)問題があるのと,「手を挙げる」ボタンが参加者一覧と別メニューに用意されている問題(パソコン版は参加者一覧に統合されている)がありました。

そのため,質疑応答の際に,参加者一覧を表示して他の参加者の「手を挙げる」様子を眺めつつ手を挙げることが難しく。タイミングを逃すことや,手を降ろし忘れるといったことも起りがちでした。

その上,初代iPad Proのパワー不足か,それともiPad版全般の問題なのか,ビデオ会議の通信がたまに目詰まりのように止まってしまうことも起っていました。調子が良い範囲なら快適ですが,この目詰まりが質疑応答のタイミングでやってくると相手の発言を取りこぼしてしまうこともありました。(1日目は途中からMacを併用し,2日目はMacを使いました。)

会議室の切り替えは,会議室URLを選択すれば,退室確認アラートに答えることで簡単に切り替えができます。

ただし,オンラインでの入室退室はすべて把握されているので,誰かが入退室するたびにそのことが通知されますし,参加者一覧で誰が参加しているのかも把握できる状態にあります。この辺が,対面型の学会と違うため,ちょっと覗くとか,部屋の外から聞くような距離感での参加は気持ち難しくなります。

もっとも,参加者と座長以外は基本的にビデオOFF,マイクOFFで参加しており,表示される名前に関して特に設定ルールがなかったので,偽名を使ってずっと視聴する形の参加も可能だったといえば可能です。

一方,対面型の学会ならば,挨拶もせず,話をしていなくても,参加している姿を見かけるだけで生存確認や近況を拝察するといった意識掛けができますが,オンライン学会の場合,相手が完全に気配を消してしまうと認識できる可能性はゼロになります。仮に名前を発見しても,相手が発信行為をしていなければ様子を伺い知ることはほとんど無理です。

今回は懇親会もオンラインで開催するという試みが行なわれ,司会をしてくださった先生のおかげで,いろんな方の声や様子を聞くことができたのは良かったと思います。しかし,これが恒常的に行なわれるかどうかは,工夫をしないと難しいかも知れません。

シンポジウムはZoomからYouTubeライブへ配信する形で公開されました。

質問などはZoom側のチャットから拾うことになりましたが,実際のところ視聴者の書込みが賑やかだったのはYouTube側のチャットでした。ただし,YouTubeへの配信は30〜40秒程度遅れるため,チャットのタイミングも少し遅れてしまうことになります。それもあってZoomチャットからの質問受付けになったのだろうと思います。ただ,Zoom側のチャットは発表者や参加者に書込みが通知されるという特徴もあってか,書き込むのを遠慮している感じでした。

視聴者側のバックチャンネルのことまで開催側が配慮するのは変な話ですが,現実の場を共有していない分だけ,参加者からのちょっとしたアクションを上手に集めて進行に反映させる工夫が必要なのかも知れません。それでいて,ある程度自由というか開放感が伴っていないと視聴者からのアクションが生まれないという難しさも課題です。

JSET全国大会のオンライン開催(試行)は,シンポジウムの成功によって無事に幕を閉じました。短時間の準備にも関わらず,この結果は開催側にとって大成功だといって差し支えないと思います。

さて,残るは参加者側の問題ということになります。

今回の試行は有志による参加が中心であり,それなりに知識・経験を前提できたことと,不参加だった発表者の部分が時間的空白になったおかげで,参加者に時間的余裕があってことが成功に寄与していたと思います。

しかし,オンライン学会を本来のスケジュールで本格実施すると,同時進行している発表会議室間のタイミング合わせは今回よりもっとシビアになるし,画面を切り替えるだけとはいえ,その操作は慌ただしいものとなります。今後はトラブルが発生した場合に復帰作業をする余裕を確保する必要があるかも知れません。

一方で参加側の視聴スタイルは柔軟になります。従来も発表を聞きながら自分の発表準備等を内職するといった行為はあったわけですが,オンラインになると飲食しながら視聴が可能になりますし,複数端末を使って複数の会議室を同時視聴することも可能になります。良いことなのか悪いことなのかは,正直なところわかりません。

また今後,オンライン学会に移行した場合,会期日の予定をそのために確保することをしなくなる人もたくさん現れると思います。自分の身体を開催地に縛りつける必要がなくなれば,そのために貴重な時間を確保するといった判断が難しくなる人もいると思います。自分の発表部分だけ参加し,あとは別の予定を入れてしまうことも可能ですから,学会員としての共同意識が薄れてしまうといった懸念も起り得ます。

もちろん,すべてをオンラインにするのではなく,オフライン学会もしっかりと開催しつつ,その一部をオンラインにするとか,別に小規模のオンライン学会を開催するといった形など,いろいろな手法を組み合わせればよいことだと思います。その辺の全体像をどうするかはこれからいろいろ試していけばいいのではないかと思います。

というわけで,長らく願っていた学会のオンライン開催が,多くの方々の参加のもとに実現したことは,とても嬉しい出来事。今回の経験が,次につながることを期待したいと思います。

あらためて,今回のオンライン開催に尽力された開催校の皆様と学会事務局の皆様に感謝しつつ,そのご苦労を労いたいと思います。